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序部・塔が灯った夜

第2章同じ一秒

同一秒

中国語の原文からの翻訳です。

第2章 同じ一秒

高架下のその屋台は、まだ灯っている。屋台の主人は通りに背を向けて、鍋の前に立っている。頭はうつむいている。雨よけの端にある第七テーブルの上で、片手が宙に止まっている。人差し指の側面に、ラー油が少しついている。赤い。まだ乾いていない。

数分前に戻る。東京。

片手が一枚の紙を、二つの古い折り目に沿って、もう一度二つに折る。

終電の最後の車両。車窓のガラスに映っているのは、明月(みつき)の姿だ。濃い色のコートで、襟を立てている。右の肩のラインが左より少し低い。体重を右足にかける癖があるからだ。ガラスの外では、雨で一本に滲んだ街の光の帯が流れている。トンネルの灯りが一つずつ、彼女の顔を切って過ぎていく。彼女は灯りを見ない。灯りを数えている。

四駅。

紙は休暇届だ。一行の文字と、一つの日付。文字は鉛筆で書かれ、その上から黒ペンでなぞってある。なぞりは揃っていない。二か所で、鉛筆の線がはみ出している。日付は二度書き換えられている。前の二つには横線が引かれている。二本の横線は、どちらも切符の縁に当てて引いてある。まっすぐだ。

これは三枚目だ。前の二枚は破いた。二つに裂いた。二枚目は、裂く前に二つに折ってあった。だから裂け口が揃っている。

一度目と二度目の折りは、古い折り目に沿う。紙が自然に折れていく。三度目は新しい折りだ。彼女は親指の腹を折り目のちょうど真ん中に当て、両側へ押す。紙の角が揃うまで押す。押し終えても、指の腹はすぐには離れない。同じ場所で、半秒止まる。

この半秒は、十四歳のとき人に直されて身についたものだ。

あのころ、道場の入り口に木の箱があった。毎日、最後に帰る者が、その日の記録紙を一枚破り取り、二つ折りを三回して、箱に入れる決まりだった。紙には、誰が来たか、何を練習したか、何時に帰ったかが書いてある。彼女の番の夜、彼女は速く折った。三度目を折ったとき、紙の角が二ミリずれた。箱の番をしていた老人が、紙を彼女の手から抜き取り、広げて、折り直した。三度目を折るとき、老人の親指は折り目のちょうど真ん中を押さえ、そのまま動かなかった。

「ここは、少し待つんだ。」

そう言ってから、彼は紙を押し出した。紙の角はぴたりと揃っていた。待つとは何のことか、彼は説明しなかった。彼女も訊かなかった。

その後、彼女はあの道場に二度と足を踏み入れなかった。紙を折ることだけが残った。十四歳を過ぎてから、彼女は多くの紙を折ってきた。薬袋、領収書、通知、そしてこの三枚の休暇届。どの一枚の三度目でも、指の腹は同じ場所で止まる。

彼女は休暇届を上着の内ポケットに戻した。内ポケットは左側にあり、肋骨に接している。紙が収まった。彼女は布一枚越しに、そこを一度押さえた。

「……明日、出そう。」

彼女はこの言葉を言うとき、窓の中の自分を見なかった。語尾は下がったまま、上がらなかった。

車両には、彼女を入れて七人いた。三人は座っている。二人は立って、つり革につかまっている。一人はドアにもたれている。一番奥では一人が眠っていて、頭が一度ずつ前に落ちる。彼女は二度数えた。二度とも七だった。なぜ数えるのか、自分でもわからない。小さいころから数えている。

レールの継ぎ目が立てるカタンという音は、低く抑えられていた。頭上の蛍光灯の列の一本が、鳴っている。窓ガラスの水の筋が上から下へ伝い、途中で止まった。

彼女は右手を内ポケットから抜き、上着の上からもう一度その場所を押さえた。小指の第一関節は、ほかの指より太い。古くからあるものだ。押すと、小さく硬いところがある。

削除キーから、指が一本離れた。

カーソルが後ろへ戻り、一行の文字を一字ずつ呑み込んでいく。最後の一字が消えたあとも、彼女はまだ押していた。半拍ぶん、余計に押す。ひさしの下で、キーボードが空っぽの音を一つ立てた。

七度目。

書いた七度は考えた。消す七度は考えなくていい。手のほうが先に知っている。小指が先に離れ、薬指が続き、人差し指が最後に上がる。途中で一度、見ずに送ろうとしたことがある。指はエンターキーの上で止まり、落ちなかった。

あの一行には、一続きになった三文字がある。七度とも直したが、その三文字だけは一度も直していない。消していって最後に残るのも、その三字だ。

プラスチックの椅子。折りたたみテーブル。テーブルの脚の下には、潰れた紙箱の切れ端が敷いてある。そうしないと、ぐらつく。彼女は第七テーブルに座っている。このテーブルは雨よけの端にある。雨よけに連なる暖橙色の小さな電球の光が、ちょうど彼女の手を照らす。画面には届かない。

碗は彼女の手元にある。スープの表面には薄い油の膜が張っている。碗の縁には半匙のラー油が置かれ、赤い輪はまだ溶けきっていない。その外側には、さらに細い油の粒が輪を描いている。彼女が座ったとき、屋台の主人はもう掬い終えて、碗の縁に置いていた。要るかどうかは訊かなかった。彼は、いつも訊かない。

今夜、スープには一口も手をつけていない。

鍋の縁で、カンと音がした。

彼女は顔を上げた。屋台の主人は彼女に背を向けている。右肩には、濃い灰色のタオルを掛けている。手にしているのは長柄の鉄の杓子で、ラー油の瓶の底まで押し込み、いま持ち上げたところだ。杓子の縁には欠けがある。赤い油がその欠けに引っかかり、滴らなかった。彼はこちらへ歩いてきて、まるまるひと匙を彼女の碗に注いだ。一言も言わなかった。

「ありがとう。」

そのとき、油鍋が一度鳴った。彼はもう鍋の前へ戻っていた。応えなかった。振り向きもしなかった。

彼女はもう一度、あの一行を打ち直さなかった。画面のその行は空いたままで、カーソルが一番左で点滅している。彼女は手をキーボードから離し、両手のひらで碗を支えた。ホーローの碗は熱い。彼女は支えたまま、手を離さなかった。

彼女の親指が、太ももの外側を二度押した。一度は軽く、一度は強く。この押し方は書場で覚えたものだ。醒木(せいぼく)の拍に合わせて押す。二十年続けて、もはや動作とは言えない。

高架橋の上を車が一台通った。音が頭上を転がっていき、転がり終えると、通りはいっそう静かになった。遠くの高層ビルは水蒸気に滲んで、一塊になっている。さらに遠いところに、ごく薄い影が一筋立っている。何の影かは、わからない。

碗の壁の熱が掌から上ってきて、手首まで届いた。

片手で自分のあごを支え、上へ押し上げる。

三ミリ。鏡の中で、別の人になる。

ソウル、古い練習室。鏡張りの壁が一面、床から天井まで続いている。継ぎ目にはテープが貼ってある。鏡面は手の跡と汗の跡、乾いた水の筋だらけで、誰も拭かない。木の床は磨り減って、白い斑が広がっている。隅には古いオーディオが一台、水のボトルが積んであり、タオルが一枚ある。バーは片方の端がゆるんでいて、触ると回る。天井の灯りは白熱灯で、照らしているのはオーディオのあたりだけだ。ほかは暗いままだ。

鏡の壁の左下隅に、ステッカーが一枚貼ってあった。半分はがされ、残った半分の端がめくれている。はがした人は手荒だった。紙の裏の糊が鏡面に残り、糊の上に埃が一層くっついて、まわりの鏡面より暗く見える。はがした人は、きれいにははがさなかった。新しいものを貼ることもしなかった。

彼が手を離すと、あごがすとんと下りた。右耳のマイク型のピアスが、つられて一度揺れた。壊れた断面はささくれて、めくれている。中の芯が外へのぞいていて、紫色だ。壊れてから二年になる。彼は直していない。

〇・四センチ。

この数は、彼が自分で考えたものではない。人に測ってもらった数だ。彼はそれを、ただ続けて測っている。

最初は、スマホをバーに立てかけて撮った。正面を向き、笑わず、あごを引いて水平にして、一枚撮る。それから、あごを手で支えて、もう一枚撮る。二枚を重ねて見ると、ずれがこの数になる。そのうち面倒になり、コンビニのレシートの白い縁を一本ちぎった。鉛筆で二本の線を引いた。二本の線のあいだは〇・四センチだ。紙片は財布に挟んである。身分証と並んで。

二十七度。二十八度目からは、数えていない。紙片の真ん中あたりは、爪でつまんで柔らかくなり、毛羽立っている。二本の鉛筆の線は、まだ残っている。

寝る前に舌で上あごを押さえてみたこともある。片側だけを下にして横向きに寝てみたこともある。一晩じゅう歯を食いしばってみたこともある。どれも〇・四だった。

練習室には、彼自身の息の音しかない。それと、空調の風に吹かれて鏡面がかすかに鳴る一つの音だけだ。彼は床の真ん中にあぐらをかき、ドアに背を向けている。どれくらい座っているかは、数えていない。オーディオの上の赤いランプが点いている。電気がまだ切れていないということだ。彼が入ってきたときから点いていた。

今夜、彼は一通り踊った。八拍が四つ。三つ目の八拍の五拍目で止まり、やり直す。同じ場所で六回止まった。七度目は止まらず、最後まで踊った。だが踊り切ったとは言えない。最後の一拍で、着地が早かったからだ。

踊り終えると、彼は座った。灯りの届かない場所だ。汗があごのラインから下りていく。さっき彼が上へ押し上げたのと、同じ線だ。

鏡の中の人も、彼と同じように座っている。同じように、待っている。

彼は手を離した。五本の指が膝の上で開く。中指の関節が一度鳴った。

片手で一枚の紙を、二度、二つ折りにする。

不採用通知だ。彼女は一度だけ読んだ。読み終えると紙を裏返し、裏を上にした。一度目は辺と角を揃えて折る。二度目も、もう一度揃えて折る。

「正統が足りない。じゃあ、何があれば足りるの。」

彼女の声は平らだった。二つの文を一息に言った。途中で切れなかった。石段の上には、ほかに誰もいなかった。

紙の右下に、四角い判が一つある。赤い判だ。強く押されていて、四隅まで判がはっきり出ている。かすれたところは一つもない。彼女が裏返したとき、判のある角からめくったので、その角はほかの角より柔らかい。

パリ。広場の石段が一段ずつ下っている。全部で二十六段。彼女は九段目に座っている。鉄の手すりは錆びていて、錆は塊になって浮いている。触ると落ちる。手すりには上着が一枚掛かっている。彼女のものではない。昨日からそこにあった。石段の下には、古いスピーカーが一台と、広げた段ボールが数枚、飲みかけの水のボトルが一本ある。段ボールには四つの跡が残っている。二つは膝、二つは手のひらだ。手のひらの跡のほうが深い。

街灯が横から斜めに照らしてくる。石段に長い影ができ、一段ずつ折れるように下っていって、一番下の段で途切れる。彼女の影は九段目の上にある。ほかの影と同じ長さで、同じように黒い。彼女がこの時刻までここに座っているのは、ここの石が十分に広く、人が立てるからだ。広場のほかの場所は、斜めか、砕けているかのどちらかだ。

この二十六段は、一度ならず数えたことがある。前に数えたのは、誰かが一番下の三段で一区切りを踊ったからだ。踊った人の右足のトウシューズは、つま先に穴があいていた。着地は拍より早かった。早く、しかも安定していた。彼女はそのとき九段目に座って、踊り全体を見届けた。帰るときに技術のことを一言だけ言った。ほかのことは何も言わなかった。

彼女は紙をバッグに押し込んだ。バッグは三層に分かれている。外側の層には水のボトル。真ん中の層には、予備のトウシューズが一足入っている。そのうちの片方は、つま先がつぶれている。一番奥の層が紙の場所だ。そこにはもう三枚入っている。これは四枚目だ。四枚とも同じ大きさで、同じ折り方をしている。四隅を揃えてから、ファスナーを閉めた。

それから彼女は立ち上がった。左手で手すりを一度押して、力を借りた。掌が離れたとき、錆が一層、一緒に持っていかれた。

左足が先に着地した。サテンのトウシューズだ。底が薄いので、石の上に落ちても音がしない。右足が続いて下りた。古いスニーカーで、横に汚れがある。靴底が石の面の上で半周こすれ、鈍い音を一つ立てた。

両足の靴は、対ではない。今日になって対でなくなったわけでもない。

彼女はバッグのストラップを肩に掛けた。指がストラップを引っかけようとして、一度目は空を切り、二度目でようやく引っかかった。彼女はその一度目には構わなかった。そのまま立っていた。肩にはバッグ、足もとには、違う二つの靴。

ポケットの中で、手が閉じた。

掌の中には二つのもの。ネジが一本と、何も刻まれていない認識票。

ニューヨーク、薬局通りの角。シャッターは半分下ろされている。ショーウィンドウの冷白色の灯りは、まだ点いている。ガラスの向こうの棚には値札が貼られ、一枚の上にもう一枚と重なっている。階段には空の帆布バッグが一つと、散らばった請求書の束がある。風が通るたびに、紙が一枚めくれる。通りの向かいの排気口から、白い湯気が一筋ずつ、かたまりになって立ち上っている。地面には浅い水たまりが数か所あり、ショーウィンドウの白い光を映している。

十分前、彼は棚の向こう側にいた。老兵はこちら側にいた。老兵は薬の箱を一つ取り、くるりと回して、側面の数字の一行を見た。しばらく見ていた。それから、そっと戻した。元の位置に、ラベルを外へ向けて戻し、隣の数箱と揃えた。

アンドリューの側にも、一箱あった。彼もそれを回して側面を見た。そして、同じように戻した。位置を揃えて。今夜も、彼は払わなかった。

彼の内ポケットにある伝票は、老兵に代わって署名したものだ。一番下の行に署名してある。上の行より筆圧が強い。彼はそれを二つに折り、押し込んだ。認識票の短いほうのチェーンのそばに。

ネジは老兵がくれたものだ。老兵の膝から下は義足だ。取り付け部の一周に、ネジが六本ある。そのうち一本は取り替えてあり、ほかの五本より少し短い。ねじ山も太い。老兵は診療所の入口に座って、それをねじって外し、彼の掌の上に置いた。

「持っておけ。」

彼は理由を訊いたことがある。老兵は答えず、ズボンの裾を下ろして、膝の上を二度叩いた。

階段の上の請求書の束は、老兵の肩掛けかばんから滑り落ちたものだ。彼は拾わなかった。一番上の一枚は裏返しになっていて、その裏に鉛筆で三度、計算してある。一度目は数字を横に、二度目は縦に並べた。三度目は数字が数個だけ残り、丸で囲んである。三度の答えは、どれも違う。老兵は薬局に入る前にも、それらを一度かばんに押し戻していた。急いで押し戻したので、一つの角がはみ出している。

認識票は二本のチェーンに通してある。短いほうのチェーンは鎖骨に貼りついている。表面は何も刻まれていない。艶消しだ。本来なら刻字があるはずの面は、反対の面より磨かれて、光っている。彼は外さない。

彼はずいぶん長く握っていた。開いたとき、掌に白い跡が一本残っていた。ねじ山の跡が三回転半、白く残っている。その隣には、認識票の角で押された四角い跡がある。汗で二つのものが肌に貼りついていたので、手を一振りして、やっと掌に落ちてきた。

彼は手をもう一度閉じた。ポケットから抜こうとして、途中で止まった。

明月の手は、まだ上着の上から内ポケットを押さえている。

そして、五つの塔が目を覚ました。

東京の側から、まず音が消えた。レールの継ぎ目のカタンという音は、まだ続いている。車窓の外の、暖かい光の帯が途切れた――消えたのではない。取り上げられたのだ。ガラスの上で止まっていた水の筋が、突然、上へ向かって動き出した。

一筋の光が、塔の胴から上へ昇っていく。

それは空気も一緒に抜き取った。街の埃、雨の糸、紙屑。すべてが吸い上げられ、まっすぐに、一本ずつ、上へ引かれていく。途中で曲がることはない。光は白い。混じりけのない白だ。それでいて、何も照らさない。路面は路面のまま、看板は看板のままだ。光は上へ上へと続き、雲を抜けて、明月が見上げても見えないところまで昇っていく。彼女は首を、これ以上反らせないところまで仰向けた。それでも、果ては見えなかった。

雷の音はなかった。警報もなかった。

通りじゅうの人が、同じ一秒に顔を上げた。

北の空に、円が一つ増えていた。満月の二十倍以上の幅がある。半分は明るく、半分は暗い。明るいほうの縁には、淡い紫の輪がはまっている。その横、もう少し高いところに、黒い口が一つ開いている。口の縁には、極細の白い輪が一本。口の向こうにある星が、いくつかねじ曲がっている。いつ掛かったのか、誰も見ていない。あの円は動かず、声も立てない。塔とは、いくらか距離を置いている。

光は照らし落ちてきたのではない。どこか別の場所で一度止まり、向きを変えてから、探し当ててやってきた。

それは終電に落ちてきた。車の屋根を抜け、ガラスを抜け、彼女の上に落ちた。

車両の中の、ほかの六人が消えていた。座席は空っぽだ。つり革はまだ揺れている。一番奥の灯りが、まだ点滅している。二度数えた七人のうち、残っているのは彼女一人だけだ。

ソウルのほうの光は、少しだけ桃色がかっている。練習室の天井から降りてきて、木の床の白い跡に落ちた。ちょうど、ジェウォンがあぐらをかいた両脚のあいだに収まった。鏡の中には、彼一人だけが残っている。半分はがされたステッカーも、消えていた。

パリのほうの光は赤い。温度のない赤だ。紙に貼りつけたテープのような赤。それは九段目の石段に落ちた。スワンはちょうど立ち上がったところで、バッグのストラップはまだ肩にかかっていた。彼女は頭を下げて避けなかった。顔を上げて、自分の目に見えなくなる場所まで、見上げ続けた。

ほかの二筋は、誰にも見られなかった。

上海では、高架下の油鍋がぱちんとはぜた。油が雨よけの布に跳ねた。屋台の主人は火を一段弱めた。青鸞(チンルアン)は、まだあの碗を支えている。

ニューヨークでは、棚の端の空のフックの列が一度鳴った。鉄が鉄に当たる音だ。フックは空だ。アンドリューの手が、ポケットの口の上で止まった。

そのあとは、皮膚だ。

明月は頭を下げ、手の甲を返した。

三本の線が、中手骨のところから出ている。骨の節に沿って上へ這い、手首を越えていく。光ってはいない。肌より一段濃い色で、縁が少し毛羽立っている。古い傷跡を、誰かが内側からなぞり直したようだ。痛くはない。ひんやりしている。その線が今どこまで来ているのか、彼女にはわかる。

「……これは、街灯じゃない。」

上海では、青鸞が碗を離し、両の手のひらを上へ返した。掌には何もない。線は手の甲にあった。彼女は二度返して、ようやく見つけた。掌には、まだ碗の底の赤い輪が残っている。

ソウルでは、ジェウォンが開いていた五本の指を引き戻した。手の甲を返し、白熱灯の小さな光の中へ近づけて見る。彼は鏡を見なかった。

パリでは、スワンが頭を下げた。あれほど長く仰いでいたのに、頭を下げたのはこれが初めてだ。自分の手を見るためだ。

ニューヨークでは、アンドリューが手をポケットから抜き、開いた。ネジと認識票は、まだある。掌の、ねじ山の白い跡の上に、線が一本増えていた。それは手首へ向かって伸びている。

五人が頭を下げ、同じ一点を見ている。

五つの都市の時計の文字盤には、五つの違う数字が並んでいる。同じなのは、この一秒だけだ。

ほかの四人が、まったく同じ動きをしていることを、誰も知らない。