序部・塔が灯った夜
第4章許されなかった動き
不被允许的动作
中国語の原文からの翻訳です。

水たまりの中の、あの一点は、消えなかった。
その水たまりは上海にあって、手のひらほどの大きさだ。第七テーブルの脚のそばに広がっている。水面には、高架の白い筋が浮かんでいる。水の中の半分の顔は、上海のものではない。顎から耳殻まで。壊れたピアスが、光の点のすぐそばにある。
八百キロ先で、その顔の持ち主は、自分の練習室のまん中に立っていた。白い靴のそばに、床の目地の灰がついている。同じ点が、彼自身の顎のラインの上にもあった。彼の顔と一緒に、大きくなっていく。
三ミリ。この数は、もう測らなくていい。
指の腹は、耳の下から顎の角へ滑っていく。途中に、ごくかすかな段差が一つある。そこから三ミリ上に、通る顔がある。上へ押し上げるのに、二秒かかる。まずその段差を探す。それから皮膚と肉を一緒に引き上げる。所定の位置まで来たら、もう一度止まる。鏡の中の顔が落ち着くのを待つ。下へ戻すのには、二秒もかからない。手を放してから元に戻るまで、一拍もかからない。こちら側は数えたことがある。あちら側は、数えたことがない。
練習室の床が四方から立ち上がったとき、彼の顔は区画ごとに切り分けられた。眉が一区画。鼻筋が一区画。顎が一区画。どの区画の縁にも継ぎ目が残っていて、いつでも抜き取って替えられる。彼は中央に立っていた。四方からの補助光が彼を照らし、自然な影は一つもない。鼻の下にさえ、ない。
いま、あの線がひとりでに光った。
光は顎の正中から起こり、両側へ進んでいく。ゆっくりと。誰かが爪で骨を引っかいていくかのように。青藍(せいらん)が骨の線に沿って上り、耳の付け根まで来る。耳の後ろの、壊れたマイク型のピアスの上まで這い上がる。断面からのぞく紫色の芯が一度光り、また暗くなった。断面はささくれている。三年、直していない。直すには、全体を鋳直すしかない。鋳直せば、断面はもうなくなる。
鏡の区画が、熱に焼けてほどけ始めた。青藍が通った区画から、縁がめくれ、白く抜けて、落ちていく。まるで裏から火であぶられたかのように。かけらが、彼の靴のそばに落ちる。白いハイカットのダンスシューズだ。つま先がすり減って毛羽立っている。靴紐はゆるんだまま、結ばれていない。この靴は、一度も規則に合ったことがない。規則に書かれているのは、黒いローカットの靴だ。
彼は避けなかった。あの手は、とうに下ろしてあった。今度は、もう上げなかった。〇・四センチは、まだそこにある。ずっと、そこにあった。
「この顔は、もともとおれのものだ。」
彼の手が下りたのと同じ一秒、千二百キロ離れた場所で、もう一方の手が、すでに平らに伸ばした紙を押さえていた。
東京の終電は、止まったまま動かなかった。車両は空っぽだった。天井灯の白さが車内を満たしていた。白さは床の上にまで届いていて、暗い一か所も見つからなかった。明月(みつき)は一番奥に座っていた。休暇届を膝の上に広げていた。古い折り目が二本、新しいものが一本。計三本が紙面を横切り、紙を四つに分けていた。まるで古い川が三本、流れた跡のように。
彼女は親指で折り目に沿って、外へ押していった。一本ずつ、平らにしていく。三本目まで来たとき、手が折り目のちょうど真ん中で半秒止まった。十四歳の年に、木の箱の前で覚えた、あの半秒と同じ長さだ。この半秒を、彼女は十一年押さえてきた。押さえた紙の角が、一度も浮いたことはない。今度は、平らにしたあと手を離した。二度目は押さえなかった。
字は彼女自身が書いたものだ。とても小さい字で書いてある。理由の欄は空いている。一度は書き込んだ。書き終えてから、自分で二本の線を引いて消した。とても軽く。線の跡は、まだ残っている。
窓ガラスには、彼女の顔と、あの紙が重なって映っている。左目の下の三日月形の刻み目は、最初は暗いままだ。それから目尻の端から光が灯り始め、少しずつ頬骨まで広がっていく。光は顔から下りてくる。首を通り、鎖骨を通り、右腕を伝って手の甲まで来る。最後に、紙の上の、平らにしたばかりの折り目に落ちる。折り目が光をとらえて、一本の線全体が光り出した。
彼女は紙を内ポケットに戻さなかった。半分に折り返した。折るのは二本の折り目だけだ。三本目は、折らずにおいた。
パリ。石段の上で、スワンの手が三段目の縁についている。
赤いテープが上から這うように降りてきて、一巻きずつ彼女の足首に絡みつく。最初に巻かれたのは、右足の古いスニーカーだ。テープは幅が広い。公印のような赤で、巻きつけるとき、少し粘つく音がした。一度、足を持ち上げてみた。持ち上がらなかった。
彼女はずっと数えている。右足は十一巻き、左足は七巻き。右足のほうがきつく巻かれているのは、あの靴がここにあってはならないからだ。バッグには、不採用通知が入っている。二度、半分に折ってある。いちばん下の層に挟まっている。上には、番号だけが書かれている。それ以外の一言は、面と向かって言われたものだ。言った人は、手にペンを持っていて、顔を上げなかった。
彼女は自分の足を見下ろした。左足はサテンのトウシューズだ。リボンが交差して、ふくらはぎまで巻き上がっている。つま先は硬い。立つと、人は二寸ほど背が伸びる。右足はスニーカーだ。靴の外側が改札機にこすられて、一筋光っている。靴紐は適当に結ばれ、その結び目には、地下鉄の通路の灰がまだ残っている。この二足を、六年いっしょに履いてきた。最初の三年は、中に入る前に右足の靴を履き替えていた。あとの三年は、もう替えなくなった。
足首のテープが、細く焼かれて裂ける。火ではない。光だ。覚醒の紋様が、彼女のふくらはぎの内側を下へ伝っていく。テープが押さえている場所まで来ると、テープの縁がまず丸まり、それから裂けた。裂け目は、一本から一列になっていく。
彼女は蹴らなかった。引きもしなかった。一寸ずつ、脚を外へ抜いていく。一寸抜いて、止まる。裂け目が自分でまた少し開くのを待つ。それからまた一寸抜く。三寸目で、テープが靴紐の結び目に食い込んだ。彼女はもう片方の手の指二本で結び目を押し、ゆるめた。三度押して、ようやくほどけた。かかとが先に抜け、次に靴の甲、最後に靴全体が抜けた。外れたテープは石段に落ちた。まだ足首の形を保っている。空っぽのまま。中の穴は、彼女の足より一回り小さい。
彼女はまっすぐ立った。肩のラインは元の高さに戻った。さっきより、頭半分ほど高い。
「この靴は、替えない。」
同じ一拍のうちに、ニューヨーク、薬局の角で、一人の男がまだしゃがんでいた。
値札が、アンドリューの肩と背に降り積もっていく。白い小さな札が、一枚ずつ。高いところで閉じた蓋の下から、ひらひらと降りてくる。肩のラインに。手の甲に。靴の甲に。広げた掌の上のネジにも。胸の認識票にも。認識票は空白だ。何も刻まれていない。鎖は二本。短いほうが、鎖骨に沿っている。値札が落ちて、その空白をちょうど覆った。
ネジは掌の中に横たわっている。汗ばんでいる。六本のうち、取り替えたのはこの一本だ。ほかの五本より短く、ねじ山も太い。三週間、この一本は彼の上着のポケットに入っていた。そのあいだに内張りを擦って、丸い跡を作った。その縁は、毛羽立っている。
最初の一枚は、肩から落ちた。地面に当たると砕けて、薄い白い層になった。風が吹くと、それもなくなった。二枚目、三枚目が続けて落ちる。上から順に。肩、腕、手の甲。最後は、認識票の上の一枚だ。認識票が、また空白になった。鎖が二度揺れた。
彼は膝に手をついて立ち上がった。左の膝が先に一度鳴った。鈍く、古い音だ。どの角度で鳴るか、彼は知っている。それより上へ行けば、もう鳴らないことも知っている。鳴り終えると、彼は一度止まった。それから背筋を伸ばした。
「立つのに、金はいらない。」
彼の声は大きくなかった。街角に残っているのは、彼と、空になった薬棚の列だけだ。棚の端の灯りがまだ点いている。黄ばんだ、小さな一点。
上海。誰かが口を開いた。
青鸞(チンルアン)は、ビニールの雨よけの外、二歩のところに立っていた。眼鏡はもうポケットにしまってあった。見るためであって、見られるためではない。彼女が口を開いた。最初に出てきたのは、言葉ではない。息だ。鎖骨の上、指二本ぶんのところから、押し上がってきた。
右の耳の後ろの刺青が光った。最も内側の環が先に光る。それから二つ目、三つ目。環は外へ行くほど広く、鎖骨まで光が届いた。光る順番は、彼女が話す順番に従う。何字目を話しているかで、何番目の環が灯る。彼女自身には見えない。ただ、皮膚の下で何かが一周ごとに外へ押し広げていくのが、わかるだけだ。
ずっと背骨に貼りついていた二本の細い光の帯が、ゆるんだ。広がるときに音はしなかった。合わさらない二枚の羽の形に開いた。間には隙間が残っていて、その隙間から後ろの道路が見えた。
雨よけの下で、屋台の主人は彼女に背を向けている。あの鍋のスープは、彼がいま沸かし直したばかりのものだ。今も、ぐつぐつと煮えている。白い湯気が鍋の蓋を押し上げて、隙間ができている。鉄の杓子は鍋の縁に置かれたままだ。彼はもう、それに触れていない。
ポケットの携帯はまだ光っている。画面には、彼女が打ち終えたばかりの一行が出ている。呑み込まれたあの一行と、まったく同じだ。その上には、メモが一件まだ残っている。時刻は一つだけ。夜の十時半。あの日、通りを掃除しているおばさんが、彼女の問いに答えた、仕事の終わりの時刻だ。書き留めたとき、彼女はそれを何に使うか決めていなかった。
頭の真上で、塔から立ち上る光の筋が、この一秒だけ途切れた。およそ半秒。遠いどこかで、誰かが瞬きをしたかのように。
その半秒を借りて、東京の車両が暗くなった。
明月は立ち上がった。紙を内ポケットに戻した。立つとき、手すりにはつかまらなかった。止まっている車両のほうが、走っているときより安定している。
彼女は重心を左足に沈めた。右手は腰のわきに垂れている。指が先に開き、それから閉じた。腰には何もない。鞘もない。柄もない。それでも、手は位置を覚えている。親指は、鍔があるべき場所を押さえている。残りの四本の指は、軽く握られている。虎口には、一筋の隙間がある。
十九歳の年の冬、道場の裏の雪地。雪は足首まで埋まった。その日、相手はいなかった。試験もなかった。見ている人もいなかった。ただ、動きたかった。それで木刀は部屋に置いてきて、素手で雪の中を行って戻った。それから一度、抜いた。収めるとき、右足が半歩ぶん空を踏んだ。体が前へつんのめり、膝が雪に穴を押し込んだ。みっともなかった。彼女は笑っていたのを覚えている。笑うと吐き出す白い息は、あの刀筋より長かった。部屋に戻ってから、このことを記録用紙に書いた。書き終えると、その紙を破った。この一生で、あの種類の刀を抜いたのは、あの一度だけだ。
今、彼女の手は腰のわきで一度沈み、そして送り出された。
半拍遅れた。彼女自身、遅れたことはわかっていた。動き出すとき、一瞬だけ多く止まった。どの教範に書かれたものよりも長く止まった。規則に合わないほどに。それから、一息に送り出した。
手のひらの青藍が引き伸ばされた。虎口から指先の外へ、一尺ほど伸びている。刃のある形になった。その真ん中を、より明るい一筋の線が流れていく。車両全体の灯りが、一瞬暗くなり、また戻った。
「この一振りは、わたしが自分からやりたかったものだ。」
その形は散った。彼女の手は、まだ開いている。掌は上を向いている。
上海。もう一組の手が、上を向いた。
青鸞は両腕を体の横から持ち上げ、頭の上を越えるまで上げた。肘が先に行き、手首があとから来る。これは飛天(ひてん)の起勢(きせい)だ。子どものころ、書場の舞台裏で見ていた。見ていたその日、誰かが一言言った。小娘が何を見てやがる、と。彼女は立ち去らなかった。幕の端に立って、最後まで見届けた。
披帛(ひはく)もいっしょに上がり、半円の弧を描いて振られた。その末端は、もう布ではない。上へ散っていく光の粒だ。途中まで散ると、もう見えなくなる。弧が一番高く振られたとき、彼女の足が地面から一寸離れた。一寸だけだ。それから、足は水たまりに落ちた。跳ね上がった水は落ちてこず、宙に浮いたままになった。
彼女のこの一拍は、自分の心臓の鼓動より少し遅れていた。指はまだ太ももの外側を押さえている。押さえている拍は、相変わらず一板三眼(説書の拍)だ。ただ、今夜のこの一打ちだけ、半眼ぶん遅れている。彼女は追わなかった。追いつけば、揃ってしまう。
それらの光の点が、ソウルの練習室の窓を通り抜けていく。
ジェウォンが跳んだ。
音楽はない。彼は自分で拍を数える。三拍目で止まった。誰よりも長く止まった。鏡の区画の中で、まだ焼け落ちていない分身たちまで、いっしょに止まった。それから爆ぜる。肩が先に出る。肋が続く。足は最後の半拍で落ちる。落ち終えると、また止まる。溜めて、止まって、爆ぜる。この一区切りを、誰かが許したことはなかった。
壁に紙が一枚貼ってあった。一日の流れが書いてある。何時に来るか。何時に体重を量るか。何時に鏡の部屋に入るか。何時に寮へ戻るか。三年前、誰かがその紙の半分を破いた。残りの半分は、まだ貼られている。端がめくれている。彼が跳ぶとき、ちょうどその半分の紙と向き合っていた。
鏡の区画の中の分身は、ついてこられない。分身たちは正拍の上を踏む。肩のラインは同じ高さで、歩幅も同じ広さだ。一列また一列と、きちんと並んでいる。彼が半拍ずれると、分身たちは半拍遅れて追いかける。もう一度ずれると、分身は切れる。まず手が。次に肩が。それから体全体が。一区画ずつ散っていき、かけらが床の上を遠くまで滑っていく。
手の甲の横線と三つの点が、拍に合わせて明滅する。マイク型のピアスが振れて、耳殻を打つ。少し痛い。彼は止まって揉みはしなかった。
「ついてこられないなら、ついてくるな。」
かけらの照り返しが、パリの石段に落ちた。
スワンは三歩下がって、石段の上の縁まで退いた。手は体の横で開いている。五本の指は伸び、指先がわずかに垂れている。この手の形は、十歳のときに教え込まれた。教えた人は、のちに審査席で四文字を書いた。
彼女は跳んだ。
助走は二歩。右足で床を蹴る。左脚が先に上がる。空中で、体が四分の一回転する。この跳び方は、正統な演目のどこにもない。教範には、この踏み切りは「重心不明」とある。彼女が空中にとどまる時間は、教範の定めより短い。半拍早く動いたからだ。どれだけ早かったかは、彼女自身がわかっている。
着地したのは右足だ。古いスニーカーが先に石に触れた。靴底がこすれ、鈍く粗い音が一つ鳴る。石の粉が、小さく砕けて広がる。左足のトウシューズが、そのあとに落ちた。ほとんど音がしない。二つの靴の着地には、半拍の差がある。この半拍は、彼女自身が残したものだ。
左腕の平たい環が開いた。六角形の鱗が一枚ずつ翻り出る。組み合わさって、一面の弧になる。ただ、半分まで凝ったところで止まった。残りの半分は、まだ空だ。輪郭だけが一本、稽古用のカーディガンの袖口の外に貼りついている。彼女は、それが全部伸びきるのを待たなかった。
その弧の上の一枚の鱗の光が揺れて、ニューヨークまで届いた。
アンドリューは上着を振った。ジャケットは半分脱げて、肘に掛かっている。彼は肩を一度揺すって、全部滑り落とした。薬局の入口の段に落ちる。中に着ているのは、グレーの丸首シャツだ。襟ぐりがゆるんでいる。
二十歳の年、彼はコンクリートの広場で、この一節を踊った。四つ目の八拍まで来たところで、誰かに止められた。その人は手に一枚の表を持っていた。表には「振る舞い」という欄があった。その人は、これは相応しくない、ここでは踊ってはいけないと言った。彼は覚えている。その日、足に履いていたのは支給された軍靴だった。底は硬い。紐は一番上の穴まで通して締めてあった。足払いをしたとき、踵がコンクリートを擦って、白い跡が二本ついた。彼は後になって、靴底でその白い跡を擦って消した。長いこと擦った。手のひらに汗がにじむまで。その日から、彼は二度と踊らなかった。
今も、足には軍靴を履いている。ただ、紐の上のほうは結ばず、両側に垂らしている。
彼は先にしゃがむ。手を床につく。右脚で、ひと回り払った。タイルの上の埃が払われて、一本の輪になった。それから床へ下りる。肩をついて、半回転する。片手で体を支え、体全体が一本の手の上で止まる。左前腕の上の琥珀色の輪が、いっしょに回る。回るのは彼より遅い。半周ぶん遅れて、やっと追いつく。胸の認識票が肩まで振れて、鎖が一巻き絡まった。
体の横に、鉄骨の形が半分だけ凝り出る。切り口は粗く、錆がのぞいている。半分の所で途切れて、もう半分は、まだない。
「この踊りは、あの頃は踊ることを許されなかった。」
彼は着地した。
同じ一拍のうちに、五つの都市で、五人がそれぞれの動きを地面に下ろした。車両の床。濡れた道路。練習室の木の床。石段。薬局の入口のタイル。五か所の地面が、同時に一度震えた。
あの線が光ったとき、視線は降りてきて、彼らと同じ高さになった。
青鸞の足もとに、まず石段が現れた。
彼女が立っていた道路ではない。彼女は頭を下げた。濡れた道路は、まだそこにある。それと同時に、一段の石段が彼女の靴底の下から浮かび上がってくる。実在する。硬い。縁は途切れている。彼女は体重をかける。石段は持ちこたえる。切り口は粗い。折り取った跡だ。切ったものではない。彼女が靴底で踏みにじると、縁から数粒の粉が落ちた。粉は下へ落ち、底の黒い闇に吸い込まれた。音は、ついにしなかった。
彼女はしゃがんで、切り口に触れた。断面には小さな穴があり、盛り上がりもある。指の腹で押すと、ごつりと当たる。これは流し込んだものでも、磨いたものでもない。誰かが別の場所から一片をもぎ取って、運んできて、ここに置いたものだ。石段の縁には、まだ浅い溝が一本残っていた。何かで刻まれて、その後、踏みならされたように見える。彼女の爪が、その中を引っかけた。小さなかけらが少し出た。彼女は、それが何だったのか、はっきりとは見えなかった。
石段は一段だけではない。それらは上へ向かう道を作っている。一段ずつ。間は途切れていて、つながっていない。途切れた所は、ちょうど一歩の幅だ。一歩だけ。多くも少なくもない。誰かが測ったかのように。遠くを見ると、五本の光が、五つの違う方向に立っている。互いに接してはいない。
それから、彼女は人を見た。
明月は彼女の左前方、六歩ほど離れていた。二人の足もとは同じ部屋ではない。明月の足もとには、電車の床の継ぎ目がある。彼女の足もとは水だ。それでも床はつながった。光もつながった。明月が目を上げた。手はまだ開いていた。掌は上を向いていた。二人とも、動かなかった。
さらに右では、ジェウォンが、まだ落ち続けている破片のあいだに立っていた。白い靴に、灰がついている。彼はまず、廊下のさらに奥へ向けて、わずかに頷いた。向こうは人の姿が見えない。見えるのは二つのものだけだ。六角形の鱗が一枚、光を反射している。それから、まだ伸びきっていない鉄骨の輪郭が一本。向こうも、一度だけ頷き返した。
五人は地球の半分を隔てて、初めて正面から見られた。誰も先に口を開かなかった。
先に口を開いたのは青鸞だ。彼女が話すとき、あの刺青の、いちばん内側の環がもう一度光った。
「わたしたちは知り合いじゃない。でも、あなたが見えた。」
誰も答えなかった。誰も立ち去らなかった。
視線が、彼らのあいだから立ち上がっていった。
上昇するにつれ、足もとの石段は一段ずつ縮んでいった。五本の光は、五つの点に縮んだ。さらに上は雲だ。大気の縁だ。地球の夜の面だ。
五つの塔が、初めて一枚の画に全部収まった。これまで誰も、その頂を見たことがなかった。通りで顔を上げた人には、頂は雲に呑まれて見えなかった。塔の根元から見上げると、あの光は見えないところまで続いていた。いまこの高さから見ると、五つの塔は夜の面の弧の上に立つ五本の柱だ。頭があり、尽きるところがある。五本を全部合わせても、あの弧のほんの一部の長さにもならない。
弧の反対側では、橙紅の朝の光が、大気の縁に沿ってにじみ出している。とても薄い一筋で、まだ広がっていない。
この高さからは、あの黒い口も見える。それはどの都市の空にもない。大洋の上空にある。地面からは月よりずっと近いが、五つの塔より何万倍も高い。黒い円が一つ。縁には細い白い輪がある。輪の外では、星の光がねじれて弧になっている。街の人が自分の頭の上に見ているあの円は、ここには一つもない。黒い口のそばには、何もかかっていなかった。
それから、上海の塔の光が動いた。一度、回った。ゆっくりと。まるで人を選んでいるかのように。
青鸞は弧の左下の隅で、顔を上げた。眼鏡はかけていない。それでも、彼女には見える。
塔は今夜、二つの言葉を言った。「空は高すぎる。われわれがすでに代わりに触れておいた。」「塔の下に立つ者は、もう顔を上げなくていい。」この二つを、彼女は雨よけの下で一度聞いた。水たまりの中で、もう一度聞いた。いま彼女は、それを切り分けている。前半は残し、後半は捨てる。そうして、組み直した。
「彼らが塔を建てたのは、空に触れるためだ。わたしたちが登るのは、人を外に出すためだ。」
彼女は言い終えると、手を下ろした。塔の光は、まだ彼女に向いている。離れなかった。
彼女も、頭は下げなかった。足もとの一段の石段は、まだそこにある。縁から、さっき彼女が引っかいて落とした小さな粒は、もう遠くへ落ちていった。その下は、道路だ。水たまりだ。雨よけの下の、沸き直したばかりの鍋だ。上海の夜明けまで、あと二時間。