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第四部・お前にはふさわしくない

第22章一度も選ばれなかった一枚

从没被选上的那一份

中国語の原文からの翻訳です。

第22章 一度も選ばれなかった一枚

一巻きの紙が広げてあった。角は擦られて毛羽立ち、真ん中の折り目は、もう切れかけていた。

紙は手書きだった。一枚ごとに一人の横姿が描かれ、線は細く、頭の先から足首まで引かれていた。肩、肘、膝、手首にそれぞれ小さな数字があり、単位はミリだった。三枚目は横向きに立つ人で、左手で右の肘を抱えていた。四枚目は背中で、背骨の線が一本あるだけ、数字は上から下へ、一つずつ大きくなっていた。七枚目の膝の数字は一度書き直されていて、直した所は紙が一層薄くなり、光に透かすと下の字が見えた。一枚目の右上には巻の名が書いてあった。二文字で、字は誰かの爪で半分削り取られ、削られた所はほかより白かった。最後の一枚は空で、線が一本引いてあるだけだった。紙の端から端まで。線の上に数字はなかった。

巻の外には、もとは輪ゴムが掛けてあった。輪ゴムはもう硬くなり、片側で切れて、切れ口が上を向いていた。輪ゴムの横には巻き尺が一本挟んであった。プラスチックで、目盛りは擦れて読めなかった。零の側は一区切り切り落とされていて、切り口は揃っていた。

この巻は、あとになってから館に入ったものだった。入ったときはクラフト紙に包まれていて、紙にはこう書いてあった。返戻、保存。紙の縁は破られていて、破れ口は内側を向いていた。

紙の一角に指の跡があった。跡は小さく、指の腹の紋は、もう押し潰されて平らだった。

扉の上に高窓が一つあった。窓の外、北からやや西寄りの空に、あの円が掛かっていた。明るい面は半分を過ぎ、縁は淡い紫で、黒い口がその横の、少し高い所にあり、口の縁には細い白い輪が一本あった。入口に灯りが一つ。床は照らしたが、机までは届かなかった。

引き出しは今朝開けられたものだった。閲覧の記録は一行だけ。番号があって、名前はなかった。署名欄は空いていた。机の灯りは点いていなかった。窓の光が机の上に落ち、窓枠に四つに切られていて、どれも白かった。

あの折り目がどうしてできたかは、整理券が証人になる。整理券は灰色の紙で、縁に穴が一つ開いていて、番号は二百十七。発券時刻、七時五十二分。呼び出し時刻、十一時四十七分。あいだの四時間について、券にはほかに何も書いていなかった。

列の床には一メートルおきに白い輪が貼ってあり、輪の中に番号が書いてあった。その日、彼はそのうちの一つの輪の中に立っていた。四時間立っていた。前の人が一人また一人と前へ詰め、彼の足は自分の輪から離れなかった。列の人たちが持っているものは、それぞれ違った。一人は段ボール箱を抱え、箱の口は紐で縛ってあった。一人は傘を持ち、傘の先から水が滴っていた。一人は袖口を三回まくり、細い手首が一節のぞいていた。先頭の人は両手をポケットに入れ、何も持っていなかった。

原稿は胸に当てていた。両手で紙の両端を押さえ、上着に押しつけていた。人に押されて皺にならないように。あの折り目は、そうやってついたものだった。

のちに誰かが掌であの折り目を押したことがあった。平らにはならなかった。手を離すと紙の端が跳ね返り、跳ね返るその一度は軽く、一度また一度と続いた。押したその手の指の節は、肉だった。

返戻票はまだ紙に挟まっていた。三枚複写で、正本だけが残っていた。用紙にはこう刷ってあった。申請者、原稿名、返戻日、担当者、発行。申請者の欄にはこう書いてあった。洋服店、採寸。担当者の欄は空だった。「根拠」の欄はなかった。その欄はあとから加えられたもので、この一枚の様式には、なかった。

発行欄には赤い印が一つ押してあった。四角で、印面に字はなかった。

ほかに回付票が一枚あって、四角い枠が三つあった。一番目の窓口が押したのは「二号へ回付」、二番目の窓口が押したのは「三号へ回付」。三番目の枠に字はなく、赤い印が一つあるだけだった。

二番目の窓口の女が票を受け取った。彼女は一度顔を上げ、向かいに立つ人を一目見て、また下げた。回付票の右下の角をつまみ、一度折ってから、印を押した。角を折る向きは、外側から内へだった。

時刻は窓口ごとに書き込まれていた。一番目の窓口、十一時五十二分。二番目、十二時二十分。三番目、十二時四十一分。

三番目の窓口は、人より頭一つ高かった。向かいに立つ人は顔を上げなければならず、窓口の奥の人はその必要がなかった。窓口の奥の人は紙を押し返し、顔を上げもしなかった。

なぜかと問うたその一言は、記録にはなかった。記録にあるのは日付が一つと、赤い印が一つだけだった。

のちにその用紙は三度改められた。改訂の記録は最後の行に刷ってあり、字は小さかった。

第一版。根拠欄なし。第二版。「根拠」欄を追加、記入必須、番号を明記のこと。目的、申請者の一人ひとりに、自分がなぜ返戻されたかを知らせるため。第三版。「出典」欄を追加、根拠には出典を引くこと。

この一条は、彼が引き継いだあとに定めた最初の一条だった。覚え書きは一枚のメモに書かれ、棚の上の統計表の下に押さえてあった。本日より、返戻はすべて、根拠を明記すること。メモの日付は、ある春だった。

根拠の欄はタイプライターで打ってあった。番号は一つにつき二度打つ。一度目の字は薄すぎて、窓口が突き返すからだった。

根拠には番号が要り、番号は引き出しで調べねばならず、引き出しの中の紙には、またそれぞれ番号があった。基準のその一枚は、いちばん整って刷られていた。

「基準七の三 根拠はすべて、本館に登録済みの件に限り、番号を明記すること。第二項、履物、衣類、器物に破損のあるものは、通さない。第五項、出典のないものは、無効と判ずる。」

基準一から基準七までは薄い冊子に綴じられ、糸は白く、裏表紙に字はなかった。

根拠に書いてあるのは基準七の三だった。基準七の三が引いているのは「先例四十一」だった。先例四十一に書いてあるのは古い一件だった。ある件が出典なしとして返戻された、根拠は基準七の三の第五項。その出典として書いてあるのは、別の引き出しの番号だった。その引き出しを開けると、また番号が一つ。先例の一つ一つの下に、のちの先例がぶら下がっていた。ぶら下がるものが増えるほど、引き出しは厚くなった。先例四十一の下には二十三件がぶら下がっていた。そのうちの一件の番号の横に、鉛筆の疑問符が一つあり、疑問符の下に字はなかった。下にぶら下がるものには、返戻もあれば、通過もあった。返戻の側のほうが、多くぶら下がっていた。

申請者が自分のなぜ返戻されたかを知るには、まず基準七の三を見つけ、次に先例四十一を見つけ、それからあの引き出しを見つけなければならなかった。見つけた人は少なかった。

資料室のいちばん奥の壁には、系統図が貼ってあった。線は鉛筆で、どの線の末端も別の引き出しの番号につながっていた。三層目を過ぎると、線はもう枝分かれせず、一本だけ下へ、棚の底まで下りていた。図の右下は描き終えていなかった。

資料室の鉄の棚は床から天井まで並び、引き出しは四十三、ラベルが一つまた一つと続いていた。年を書いたラベルもあれば、番号だけのものもあった。年を書いた幾つかの引き出しが、いちばん厚かった。棚と棚のあいだには、人が一人、横向きで通れるだけの隙間しかなかった。

いちばん下の引き出しにあるのは、最初の先例だった。一枚のメモで、「受理」と書いてあり、根拠はなく、番号もなく、署名欄は空だった。

基準改訂会議の記録は一行だけだった。議題、口頭の根拠を認めるか。結論、認めない。

二十四番目の引き出しには礼状が一通挟んであった。書いた人は言っていた。第二項に自分の原稿に何が足りないかが書いてあった、直した、二度目は通った。便箋はノートから破り取ったもので、破った縁は揃っていなかった。手紙の裏には受付の印が押してあった。赤くて、四角かった。

棚の上には統計表が一枚押さえてあった。本年度の評審四百十二件、通過五十八件、返戻三百五十四件。行を改めて、連帯返戻六百五十五件、備考に小さな字が一行。返戻済みの件を出典とするものは、評審を経ず、まとめて返戻する。

返戻のほうが評審より多かった。この一行は誰も丸で囲んでおらず、線も引いていなかった。

資料室のいちばん奥の引き出しに、名前のない評審記録が一件あった。

申請者の欄は空いていた。提出したその日、窓口の人は名前を訊かず、整理券に刷られた番号は零だった。提出の受領証では、受取人の欄に刷ってあるのはシステムの番号だった。封筒は白く、差出人はなく、裏に四角い印が一つ押してあった。審理期間の欄にはこう書いてあった。零日。原稿名の欄には巻の名が書いてあった。二文字で、削られていたが、まだ読み取れた。評審の根拠、基準七の三、第五項。結論の欄には赤い印が押してあり、印面に字はなかった。印の下に一行、打ってあった。出典なし、無効と判ずる。評審者の欄に刷ってあるのはシステムの番号で、人の名はなかった。

この用紙は彼自身が設計したもので、書き方はほかの人と同じだった。一マスずつ、省いた所はなかった。

同じ引き出しに、不服申立書も一枚あった。用紙には三行。申立人、署名。推薦人、出典を有すること、署名。審査。

二行目は空だった。

用紙の下にはこう刷ってあった。第九条 申立人は同時に推薦人となることができない。

第九条の余白に、鉛筆の字が一行あった。字は小さく、筆圧はごく軽かった。出典を有する者、一名。

用紙の裏には手順が刷ってあった。四段階。一つ目は整理券を取る、二つ目は推薦人の署名、三つ目は審査、四つ目は結果。裏にはもう一つ名簿が刷ってあり、表題は「出典を有する者」。名簿は一行だけだった。保有者の欄に刷ってあるのは職名で、名前ではなかった。院士。その一行は消されても、改められてもいなかった。

申立窓口の前の床タイルは一層擦り減り、色がほかより薄かった。薄い所が二つ、一つは前、一つは後ろで、前のほうが後ろより薄かった。縁は揃っていて、それを擦り減らした足は、一度も動いていなかった。窓口の発券機は点いていたが、番号は出てこなかった。

彼が申し立てに行った日、窓口は別の当番に替わっていた。新しく来た人は名簿を一目見て、何も言わず、用紙を押し返した。押し返されたその一枚は表を上にして、第九条が彼のほうを向いていた。

申立窓口の登記簿では、申立人の欄に完全な名前が署名してあった。最後の一画は長く引かれ、筆の止まった所に跡が一本押しつけられていた。

審査欄には赤い印。不受理。

同じ引き出しのいちばん下に、広場での上演申請の控えが一件押さえてあった。

石段広場、毎週土曜の夜、四十分、段の上で踊る。一枚目は名前、二枚目は時間。三枚目に小さな字が一行。上演用の靴、写真を添付、規格を照合。四枚目は規定で、第一条は音量、六目盛りを超えないこと。第二条、柵を設けないこと。第三条、段の両端を占めないこと。

写真は三枚目の右下に貼ってあった。黒いストリートダンス用の靴が一足、石段の一段の縁に置いてあった。右足のつま先は擦れて穴があき、穴は黒く、縁に白い糸がめくれていた。写真の縮尺でいえば、穴の直径はおよそ七ミリ。写真の背景は石段で、いちばん下の段の角はセメントで補修してあり、色が石より薄かった。

写真には鉛筆の丸が一つあり、穴を囲んでいた。丸は二画で描かれ、二画目が一画目の起点に重なっていた。

控えの表、根拠の欄にはこう書いてあった。内部記録を参照。正本の欄には、発送済み。受領証の欄は空だった。返戻日の欄には、七月。用紙の真ん中に欄が一つ、審理期間、六十一日と書いてあった。控えは灰色の封筒に挟んであり、封筒にはこう書いてあった。石段広場、申請者宛。名前は書いていなかった。

控えの裏は内部記録だった。基準七の三、第二項、履物の破損、通さない。

発行欄の赤い印は四角で、印面に字はなかった。規格照合の欄の余白に、鉛筆の小さな字が一行あった。つま先。字は小さく、句読点はなかった。

同じ引き出しに、控えがあと十一件あった。根拠の欄にはどれも、内部記録を参照、と書いてあった。そのうちの一件の写真は新しい靴で、靴紐に鉛筆の丸が一つ、囲んであるのは靴紐の結び目だった。

同じ年の返戻名簿には、どの行の後ろにも鉛筆の小さなチェックがあった。チェックはあとから補われたもので、筆跡は名前より一層薄かった。名簿のこの一行は、名前が丁寧に書かれていた。この行にもチェックがあった。

資料室の三番目の棚には、あの印の印版が置いてあった。四角い銅の塊で、印面を上にして、その上には何の字もなかった。棚の扉には紙が一枚貼ってあり、紙にはこう書いてあった。借用には出典を書くこと。

赤テープの展示室では、テープが一巻きずつ重なっていた。テープには小さな番号が一列刷られ、一寸ごとに繰り返されていた。番号のあいだ、幾つかおきに四角い印が一つあり、印の中に字はなかった。控えのものと、同じ版だった。

二枚の鉄の扉には、どちらも取っ手がなかった。扉の隙間の下に石屑が一列あり、組石の床の上の一列とつながっていた。

床には札が六枚、台座の前に置いてあり、どれも空白だった。壁には陳列規程が貼ってあり、テープに半分押さえられていて、見えている一行はこうだった。……の件、札は空欄とする。

台座の字は、テープに半分押さえられていた。見えているのは最後の二文字だけだった。出典。

壁の名前は冷たい金色で、一面に十八ずつあった。どの名前の下にも小さな番号が一行あり、資料室の引き出しの番号と同じ書き方だった。

空の額縁の裏には番号札が掛かっていた。額の中には何もなかった。番号札の裏には保管場所が書いてあった。五番棚、十九番。

客席は六列、一列に十二脚。椅子の背の赤いテープは肩の高さに巻かれ、一脚の違いもなかった。三列目の七脚目の座面に白い粉が少し落ちていて、扉の隙間の石屑と同じ色だった。

展示室の灯りは三十二、点いているのは二十。九番目の灯りは空の展示ケースを照らし、ケースの中の白い布の上には何もなかった。

床の下には太い鋼の梁があり、二メートルおきに一本。梁の鋲は一列に並び、一つも欠けていなかった。

展示室の中央の組石の床では、石屑がずっと真ん中まで並び、一粒ごとの間隔は同じで、真ん中のその一枚の石板の縁で止まっていた。石屑の道筋はあの空の展示ケースの前を通り、曲がっていなかった。誰も掃いていなかった。

その年の三号窓口の台には、返戻票が一束押さえてあった。四角い石の文鎮がいちばん上に載っていて、石は平らに磨り減っていた。

朱肉は蓋が開いていた。朱肉には一層の皮が張り、皮の縁がめくれていた。朱肉の蓋は銅で、閉じるときに音はせず、彼は毎回それを開けた。

彼は右手で紙を押した。一件ずつ、台の上を押して、向かいの人の手もとまで押した。押すとき、紙の端が台の面を擦り、音は一度だけだった。彼の視線は紙の右上に落ちていた。そこが発行欄の位置だった。

問う人は台の向こう側に立っていた。問いに来る人の多くは顔を上げていた。台は高く、彼らの顔は台の面の上に、顎だけがのぞいていた。彼が一枚押しやると、その人は受け取って、立ち去った。次の人が立った。誰が問いに来ても、一枚押しやった。

台の右手にはホチキスが一台置いてあり、口は彼のほうを向き、針の箱は満杯だった。毎日彼より先に来るのは、隣の二号窓口で保管を受け持つあの女だった。彼女がホチキスをそこに置いた。置いた位置は、彼の右手を伸ばせば届く所だった。彼は顔を上げて誰が置いたかを見なかった。隣の窓口の机には鉛筆が一本だけ置いてあり、芯の先はこちらを向いていた。

一番目の窓口は三人替わった。二番目の窓口はずっと彼女だった。

彼の椅子は回転椅子で、座ると半回転した。彼は毎回回して戻し、台の真正面で止めた。机の下には木の足置きがあり、踏む所に浅い窪みが二つ、一つは高く、一つは低く、擦り減っていた。

その日、彼は十七件を押し返した。十七件とはこうだった。楽譜が五件、図面が二件、図譜が一巻、詩稿が二巻、申請書が四件、帳簿が一冊、木箱が一つ、開けていない布が一包み。一件を押し出す前に、発行欄に二文字書いた。二文字目は小さく書かれ、最後の一画は短く収められ、引いて出てはいなかった。赤い印は字の下に押してあり、四角だった。昼、彼は押し終えた紙を厚さの順に揃え、厚いものを下にして、発行欄を上に向けた。パンを食べるとき、パン屑が控えの上に落ち、彼は親指で一粒ずつ机の端へ払った。

控えは隣の窓口へ送られた。あの女が受け取り、一度顔を上げ、ホチキスの位置を一目見て、また下げた。彼女は一件ずつ右下の角をつまみ、一度折ってから、引き出しに入れた。角を折る向きは、外側から内へだった。

十一件目は押しても渡らなかった。その一巻はほかより厚く、平らにならず、台につかえて滑ろうとしなかった。その人は両手でそれを受け止め、胸に当てて、去った。台のこちら側で、彼は顔を上げなかった。

午後、また二人が来て、同じことを問うた。二人は同じ位置に立ち、受け取ったのは同じ種類の紙だった。

列はまだ扉の外まで続いていた。三番目の窓口の列は、入口から二つの窓口を回り込み、階段の口まで並んでいた。床には一メートルおきに白い輪が貼ってあった。列が曲がる所で、一人がしゃがんで靴紐を結び、締めて、立ち上がり、列は止まらなかった。呼び出しの機械が一度鳴るたびに、画面に数字が一つ跳ね出て、跳ねる間隔は同じ長さだった。番号を呼ばれた人が上がってきて、立ち止まり、紙を差し出した。

彼は規則どおりに事を運んだ。どの条に何を書くか、見る必要はなく、手がもう知っていた。

退勤前、あの女は控えの端を揃え、引き出しに戻し、引き出しを押し込んだ。引き出しは音を立てなかった。

登記簿には、その日、十七行があった。どの行も最後のマスには、あの二文字のうちの二文字目だけが書いてあった。

その職員はその日、十七件の紙を押し返した。彼はどの一件も覚えていなかった。