第六部・引き渡しの前
第32章七階の署名
七层签字
中国語の原文からの翻訳です。

六時ちょうど、彼女の手が離れた。
ボトルは、彼女の手を離れるとき、冷たかった。冷たさが先に少しだけ移っていった。指の腹から掌へ。それから掌が空になった。ボトルは彼の手に落ちたとき、わずかに揺れた。水がボトルの壁に沿って一巡りし、また平らになった。彼の親指はボトルの胴を押さえていた。五本目の線の上を。彼女はボトルを見なかった。それを受け止めた手を見ていた。指は黒く、爪のあいだには灰が入り、手の甲は所々白くなっていた。セメントが乾いてはまた濡れ、濡れてはまた乾いて残したものだ。彼の指は彼女の手に触れなかった。二つの手のあいだにはボトル一本ぶんの幅があり、彼女に見えたのは、それだけだった。
彼の顎には、拭いきれなかった白い灰が一筋ついていた。作業着の袖口はきつく絞ってあり、手首に時計はなかった。ヘルメットはもう一方の手に持たれていて、後ろのつばが外を向いていた。四つの数字はなぞり直されていて、筆画がほかより少し明るかった。彼女の立っている場所からは、何と書いてあるか読み取れなかった。
ボトルの横線はまだ水の下にあった。全部で五本、彼が自分で引いたものだ。彼女は段に座っていたとき、その線を見ていた。一本、また一本と、彼が一本ずつ引いていったものだ。彼女は消さなかった。それは彼の数だった。
柵の内側には、夜勤の者たちがもう揃って立っていた。ポンプ車はまだ入ってきていなかった。誰かがヘルメットをもう一方の手に持ち替えた。彼は顔を上げなかった。首はまっすぐだった。
彼女は向きを変え、遮光ネットの下へ歩いて戻った。来るとき、歩数を数えていた。十二歩。戻るときは、数えなかった。路面は踏み固めた土で、その上に灰が一層まかれていて、靴底で踏むと柔らかく、音は少しもしなかった。右手の直刀は垂れていて、切っ先は下を向き、地面から指一本ぶん離れていた。風が柵の方から来て、両方の肩に吹きつけたが、彼女は身をすくめなかった。手首の桜色の小さな結びが骨を押さえていた。結びは硬かった。彼女はそれを解こうとしなかった。
五時五十分、彼女は段から立ち上がり、冷却ドラム缶のところへ行った。
午後、彼女は段に座って、三つのものを数えた。遮光ネットの目、交差点を過ぎていく車、段の数。三つとも数え終えると、立ち上がった。一時間あまり座っていた。遮光ネットの影が靴の縁から動いていき、段の外のコンクリートの地面まで移った。立ち上がったとき、脚はしびれていた。しびれは膝から下へ下りていき、少しずつ爪先まで進んだ。彼女はそれが醒めるのを待ってから、歩いていった。
午後、受付小屋で、あの用紙には会社という欄があった。彼女は少し考え、どこを書けばいいのか分からず、空けておいた。
冷却ドラム缶は白く塗った鉄の缶で、日除けの屋根の端に立っていた。白い塗りが一か所はがれ、覗いている鉄は暗かった。蓋の縁には小さなへこみが一列並んでいて、何かに一度また一度とぶつけられてできたものだった。缶の中の氷は五時半に入れられたものだ。工事班の小型車が缶のそばに停まり、誰かが荷台から氷の袋を一つ下ろして、中へあけた。ざあっという音がした。彼女は段に座ったままそれを聞き、顔を上げなかった。いまはビニール袋は見えず、氷は半分残って水面に浮かび、一塊ずつ缶の壁にぶつかっていた。ぶつかっては止まり、また、ぶつかった。氷が割れるとき、ごく軽い音が一つ、缶の底から上がってきた。水は濁っていて、少し白みを帯びていた。缶のそばの地面には濡れた跡が一周あり、一周にまた一周が重なっていた。この一日のあいだに水を汲みに来た一人ひとりが残したものだ。
彼女は氷をすくわなかった。氷は上にあり、彼女が欲しいのは下の水だった。缶の底に蛇口が一つあり、真鍮で、取っ手は手で磨かれて光っていた。彼女は手を置き、ひねった。最初に出てきた一筋はぬるく、少し鉄錆のにおいがした。彼女は受けず、それが過ぎるのを待った。二筋目は冷たく、指が縮むほど冷たかった。彼女はボトルを蛇口の下に差し出し、いっぱいに汲んだ。水はボトルの壁に沿って上がり、口まで上がって、少しあふれ、手首を伝って流れ落ち、缶のそばの地面に滴った。
ボトルの胴には、はがしきれなかった糊が一周残っていた。以前ラベルが貼ってあった場所だ。彼女の親指がその上を滑った。擦っても取れず、彼女も擦ろうとはしなかった。
午後、彼女は一口飲んだ。ぬるかった。その一口はもう飲んでしまった。返すのは、いっぱいのものだ。彼女は蓋をきつく締め、一回りゆるめて、また締めた。ボトルは満ちて、掌の中で重かった。別の種類の重さだった。それから濡れた掌に少し水を受け、唇に塗った。唇は乾いていて、塗ると冷たく、すぐにまた乾いた。彼女は飲まなかった。手首の水は乾いて、ごく淡い跡が一周残った。彼女は拭わなかった。
彼女は遮光ネットの端で足を止め、顔を上げた。
空は鉛色で、灰色の下から冷たい白が透け、低く垂れ込めていた。遮光ネットの影はなくなり、段の上の灰は、どこも同じ色になっていた。
北東の方角に、円が一つ掛かっていた。円の縁は淡い紫で、とても細く、一周の輪にしか見えないほど細かった。縁の内側は明るく、明るい面はおよそ七十九パーセントを占め、ごく狭い暗い縁が一条だけ、その淡い紫の輪に貼りついていた。明るい面には雲があった。白く、塊になって、とてもゆっくり動いていた。しばらく見て、ようやく動いているのが分かった。雲は円の縁まで来て、淡い紫の輪にかぶさった。淡い紫は色を変えなかった。雲が過ぎても、それはまだその色だった。円の下の縁と塔のあいだには灰色が一面広がり、灰色の中には何も掛かっていなかった。
東京の空にも、北にこういう円が一つ掛かっていた。彼女はそこで見た。長いあいだ見ていた。
円の上方、塔に寄った側に、黒い口が一つあった。口は円よりずっと小さく、黒く、底は見えなかった。縁に細い白い輪が一本あり、ほとんど見えないほど細く、目を細めてようやく見えた。口の外の一回りは、空より色が少し深く、ねじられたような筋が一本あった。口は円より一段高く、八度ほど高かった。彼女は腕をまっすぐ伸ばし、四本の指を揃え、指の付け根を円のちょうど真ん中に当てた。指先を上へ向けると、ちょうど口の高さに届いた。彼女は手を下ろした。四本の指はまだ揃ったままで、付け根が少しだるかった。
左目の下のごく淡い刻み痕が空の光に照らされ、少し影ができていた。彼女はそれに触れなかった。
彼女の視線は円から塔へ移り、また塔から円へ戻った。塔はそこにあった。塔身の窓は一格ずつ並び、灯った格子は白く、灯っていない格子は灰色だった。塔の足もとの灯りはもう上がり始めていた。彼女がボトルを持って歩いていく前に灯ったのだ。あのとき、灯った階が上へ上がっていき、通り過ぎた格子はみな色を変えた。一列目は速く灯り、二列目は少し遅かった。三列目になると、彼女は少し待って、それから灯った。四本目の横帯まで数えたところで、灯りは靄の中に入り、いまもそこに止まっていた。靄の上には何もなかった。仮囲いは白く、その上に字が一列あったが、靄に半分隠れていて、彼女は見にいかなかった。仮囲いが地面を隠し、靄が塔身を隠して、頂は見えなかった。彼女も頂を探さなかった。
靄にはにおいがあった。乾いた、セメントと鉄錆の混じったにおいだった。靄の縁は薄く、灯りが中から透けてきていた。ゆっくりと透けてきた。
風が北東から来て、彼女の肩に沿って通った。風には灰が混じり、まつげに落ちた。彼女は一度まばたきしたが、灰はまだあった。左肩の風は右肩より早く来た。そこにはもともと白無地の広袖が垂れていて、袖口の雲文が風にめくれ、彼女の顔の半分を覆ったことがあった。その袖は、眠っている女の身に残してきた。いま、彼女の両肩はどちらもむき出しで、風は直接肌を押していた。
柵の向こうで、彼は顔を上げなかった。帽子を見ていた。彼女は彼を呼ばなかった。ボトルは彼の腕の下に挟まれ、口は上を向き、中の水が現場の灯りを映して、小さく一か所光っていた。
彼女は柵へ歩いて戻った。彼の肩が一度動いた。こちらを向きかけて、向かなかった。
柵の敷居の下に白い線が一本あった。ペンキで刷いたものだ。線の内側は現場で、外側は道だった。彼女はその線をまたいだ。
柵のそばに札が一枚立っていて、字は大きかった。入場は帽子着用、退場は署名。彼女は帽子をかぶっていなかったし、署名もしていなかった。ゲートの白い小さな灯が一度点いて、音が一つ鳴り、扉が一筋開いた。彼女は体を横にしてその隙間を抜けた。扉が閉まると、柵の向こうの音が急に遠くなった。現場の水道管の中で水の音が聞こえた。ざあ、ざあ、と一度ずつ。
受付小屋の窓口は開いていた。受付係は中に座り、退場表はもう畳まれて、手もとに押さえてあった。彼は登記簿の最後の行の下に横線を一本引いていた。線はまっすぐで、定規を当てて引いたものだった。彼は顔を上げなかった。記帳用のペンはまだ机の脚につながれていて、紐はゆるみ、ペン先は窓の外を向いていた。窓台の魔法瓶は蓋がしてあり、注ぎ口から湯気はもう出ていなかった。
退場表のそばに、綱が一本増えていた。
鋼灰色の織りベルトで、一方の端にはDリングが一つ、もう一方には幅の広い胸ハーネスが縫いつけてあった。ベルトには灰も折り目もなく、きれいだった。受付係の鉛筆はそれに触れず、彼の目もそこに落ちなかった。いつ台の上に置かれたのか、彼女は見ていなかった。記帳用のペンの紐が軽く一度揺れて、また止まった。
彼女は手を伸ばして取り上げた。ベルトは乾いていて、冷たく、彼女の掌より少し冷たかった。胸ハーネスを体に当ててみると、長さはちょうどで、ゆるくもきつくもなかった。来たとき、手にあったのは刀だけだった。いまは左手に綱を持ち、右手にはまだ刀を握っていた。
受付係が彼女を一度見た。その一瞥は短く、番号を一つ照合するだけの長さだった。彼の鉛筆はまだ耳に挟まれたままで、下ろされていなかった。彼女が窓口の前を通り過ぎるとき、彼は判を一つ取り上げ、登記簿の次の行に押した。印肉は黒く、判が落ちる音は軽く、ほとんど聞こえないほど軽かった。
出迎えの者は来なかった。
彼女は待たず、道に沿って塔の足もとへ歩いた。道の両側には木が植えてあったが、まだ根づいておらず、幹に支柱が縛りつけてあった。一度数えた。十一本。どの支柱も同じ側へ斜めに立ち、同じきつさで縛ってあった。
柵から正面の扉までは、石畳の道だった。石の継ぎ目に少し草が生えていて、草は灰色で、石に押さえられ、先だけが覗いていた。一枚だけ平らに据えられていない石があり、縁が浮いていた。彼女はその横を回って通った。道端に空のダンプカーが一台停まっていて、荷台に鉄筋が一本あり、切り口が光っていた。
塔の足もとの大きなガラス扉は正面にあり、扉の中には石畳が敷かれ、見えないところまで続いていた。扉の横に鉄の扉が一枚あり、字はなく、枠の端にカードリーダーが一つついていた。彼女は綱を左腕に掛けて手を空け、カードを当てた。カードの角は一度折れていて、親指で平らに押してから、もう一度当てた。リーダーが一度鳴り、鉄の扉が内側へ開いた。カードにはV-06と印刷してあった。06が何番目なのか、彼女は知らなかった。カードの裏は白く、字はなかった。
扉の中は小さなホールだった。壁はコンクリートで、塗装はなく、灰色で、触れるとざらついていた。ホールはがらんとしていて、天井に蛍光管が一列あり、二本が点滅していた。点いて、少し止まり、また点いた。壁の根もとはセメントがむき出しで、一節ずつ跡がついていた。型枠を外したあとに残ったものだ。隅にブリキのごみ箱が一つあり、縁に紙が一枚貼ってあった。エレベーター内での飲食はご遠慮ください。業務用エレベーターは一番奥にあり、扉は鉄で、扉の上に一から七までの数字が一列並び、どれも灰色だった。
彼女はボタンを押さなかった。扉はひとりでに閉まった。
かごには窓がなかった。四方の壁は鋼板で、彼女を縦長の影に映していたが、彼女はそれを見なかった。手すりは一本の鋼管で、扉のそばから奥の壁まで取りつけてあり、掌で触れると冷たかった。彼女はつかまらなかった。鋼板の継ぎ目は一本また一本と、下から上へ並び、彼女は四本数えた。パネルの数字が一つずつ灯っていき、五まで灯って、止まった。かごの中には新しい塗料のにおいがあり、セメントの灰が混じっていた。彼女は息を一つ吸い、胸まで吸い込んで、少し止めてから、吐き出した。
足もとの床が軽く一度上へ押し上げ、止まった。
五階の扉の前は踊り場で、四方はコンクリートの壁だった。壁に塗装はなく、窓もなかった。天井に灯りが一列、一格ずつ並び、一格だけ点いておらず、ソケットが空だった。蛍光管が少しうなっていた。踊り場はエレベーターの床より一段低く、一歩下りなければならなかった。踊り場の風はかごの中より冷たく、階段室の方から吹いてきて、足首に当たった。風は途切れ途切れで、過ぎては少し止まり、また吹いてきた。
扉が開いた。彼女は片足を踏み出し、もう片方の足はまだかごの床に残っていた。その一歩が落ちたのは、心の中の数より半拍遅かった。彼女は補わなかった。
床に黄色い線が一本あり、扉から一歩のところだった。線はペンキで刷いたもので、まっすぐで、手で刷いたとは見えないほどまっすぐだった。線のそばに字が一列あり、ペンキはもう古く、前の三字は擦れて消え、真ん中の三字だけが読めた。未検収。後ろの字は靴底で擦れて消え、数画しか残っていなかった。
線の内側には誰もいなかった。
明月(みつき)の足は線から一歩しか離れていなかった。彼女は踏み越えもせず、退きもしなかった。
線の内側の床は新しく、灰白色のセメントで、継ぎ目はまっすぐで、靴の跡は一つもなかった。線の外側、彼女の足もとには少し灰が落ちていた。靴底が現場から運んできたものだ。灰は線の縁で止まっていた。
風が一度止んだ。蛍光管のうなりも一度止んだ。その一度は短く、彼女の心の中の数でしか測れないほど短かった。
誰かが口を開いた。声は階段室の中から来た。
たった一句で、遠いのか近いのか分からず、耳に貼りついたように近かった。
「第一条、命綱を掛けていなければ、上がってはならない。」
声は平らで、どの字も同じ高さに置かれ、引き延ばしも、押し下げもしなかった。その一句に、重い字は一つもなかった。言い終えても、止まることも、息を継ぐこともなく、後ろには何も続いてこなかった。
第一条。つまり、後ろにはほかの条があるということだ。
明月の靴底が床板の上で一度鳴った。音は向かいの壁に当たって、戻ってきた。彼女の靴音より少し長かった。あの一句は何にも当たらなかった。戻ってこなかった。
踊り場にはほかの音はなく、ただ蛍光管が頭上で一度またたき、少し止まり、またまたたいた。明月の唇は乾いていた。彼女は舐めなかった。
明月はうつむいて、胸もとを見た。ベルトは手の中にあり、まだ掛けていなかった。左手が体の脇で握りしめられ、ベルトの硬い縁まで握って、それから離した。掌に浅い跡が一本残った。
彼女は胸ハーネスをかぶり、肩から回して、胸の下で締めた。ハーネスの留め具は金属で、二度押さないと噛み合わなかった。彼女は二度押した。Dリングが胸の真ん中に留まった。留め具が合わさる音は小さく、彼女の靴音より小さかった。
階段室から第二条は下りてこなかった。
扉の左は階段室で、扉は半開きだった。枠に取っ手が一つあり、取っ手には白い布が一巻き巻いてあって、布はもう汚れていた。階段は上へ続き、どの段の側面にも四角い枠が一つあった。枠の中には署名があるはずだったが、この階から上の枠はすべて空だった。枠の下に小さな字が一行印刷してあった。未検収の階の段は数に入らない。彼女は数えた。扉から階段の曲がり角まで、全部で十四の枠、どれも空だった。
彼女は階段を一度見た。段の踏み面は新しく、一段一段、角はどれもまっすぐだった。彼女は踏まなかった。かごへ戻り、中に立った。彼女が留めるまで、扉はずっと開いていて、閉まらなかった。いま、扉が閉まった。
かごが上へ動いた。六階を過ぎるとき、エレベーターの壁を白い細い光が一筋よぎった。その階の扉の隙間から洩れたものだ。その階の扉は開かなかった。
七階の数字が灯り、止まった。扉が開いた。
彼女はエレベーターを出て、三歩歩いた。七階は大きなホールだった。三本の廊下が三つの方向から来て、真ん中で合わさっていた。廊下はどれも長く、両側の扉はどれも閉まっていて、どの扉にも紙が一枚貼ってあり、壁のものと同じだった。彼女は近寄ってその紙を見なかった。どの廊下も突き当たりに灯りがあり、灯りは白く、一格ずつ、遠く離れていた。どの廊下の灯りも、十一個目まで数えて、やめた。
ホールの天井は白く、灯りが方形に並び、どの格も灯っていて、暗い格は一つもなかった。床は石板で、一枚一枚、継ぎ目はまっすぐで、一本も歪んでいなかった。ホールに風はなく、空気は止まっていて、石板を拭いたあとの水のにおいが少しあった。
真ん中のあの壁は一面そのままで、扉もなく、窓もなかった。壁面は灰色だった。
彼女の靴底が石板の上で一度鳴った。音は三本の廊下から一緒に戻ってきた。ゆっくり戻り、しかも揃っていた。彼女の呼吸も石板の上を戻ってきた。一度、また一度。
ホールの真ん中に台が一つあり、台の後ろに人が一人立っていた。明月の足が止まったのは、目より半拍遅かった。右手の刀は上がらず、切っ先はまだ下を向いていた。台の面は濃い色で、何も載っておらず、傷一本なかった。新しいのか、それとも何度も拭かれたのか。ただ真ん中にカードケースが一つ置かれ、口は上を向き、中にペンが一本差してあって、キャップが外を向いていた。ペンには細い紐がつながれ、紐のもう一方の端はケースの底に結ばれていて、紐はゆるんでいた。ケースの縁には、ごく浅い擦れた跡が一本あった。ペン先が一度また一度と当たってできたものだ。椅子は台の下に押し込まれ、背もたれは壁を向き、人は椅子の前に立って、両手を台の縁に置き、指を揃え、中指を縁に当てていた。その人の胸は上下していなかった。台の角はどれもまっすぐで、辺もまっすぐだった。台の影が石板に落ちていた。短く、灯りが上から照らしたもので、輪郭も四角かった。
その人の胸にはカードが一枚留めてあり、カードには三字が印刷してあった。署名者。カードに名前はなかった。胸の真ん中にDリングが一つ下がり、つや消しの鋼色で、光を返さなかった。鋼灰色のベルトが一本、リングから引き下ろされ、右の脇の下から背中へ回り、もう一方の端はフックで、台の縁の下に掛かっていた。台の脚の一本に環が一つ溶接してあり、鋼で、フックはその環に留まっていた。環の内側は一周磨かれて光り、その光る一周は外側の鋼色より淡く、縁は丸かった。長年、何かがその上を回り、擦れてきた様子だった。明月はしゃがんで、しばらく見ていた。触れなかった。その人の顔は見なかった。
立ち上がったとき、膝に少し灰がついていた。彼女は払わなかった。掌のあの跡はまだあった。彼女は壁際へ歩いた。
壁には用紙が一列、釘で留めてあった。どの一枚も見出しは同じで、番号だけが違った。釘は鋼で、頭はどれも外を向いていた。一番左の一枚が一番古く、紙の縁は筒のように丸まり、釘穴は紙に押されて白くなっていた。その右の一枚は0002で、さらに右は0003、壁の端までずっと並んでいた。彼女は一列数えた。二十三枚。もう一度数えた。やはり二十三枚だった。残りの空いた場所はどこも空だった。どの一枚にも右下に黒い印があり、印は乾いていた。彼女はその一列を長いあいだ見ていた。見出しはどれも同じで、番号は一つずつ後ろへ進み、一枚として飛んでいなかった。
一番左の一枚は、番号が0001だった。印刷された字はこうだ。残された項目0001:五階の溶接部、〇・四ミリ、未完了。その後ろに空欄が一つ残してあった。
日付の欄には十月二十二日と書いてあった。年の字は指に触れられて薄くなり、一画しか残っていなかった。
五階。彼女はたったいま、その階の扉の前から上がってきた。
彼女は親指と人差し指を伸ばし、紙の縁で測ってみた。測れなかった。二本の指のあいだには、何も挟まっていなかった。
もう一度測った。紙の下の角を少しめくると、裏は白く、何も書かれていなかった。
彼女はその一行の句読点を見た。コロンが一つ、読点が二つ、句点が一つ。句点は小さく、くっきり印刷されていた。
彼女は振り返り、台を一度見た。ベルトはまだその人の右の脇の下から回り、台の脚の環に掛かって、ぴんと張っていた。その人は動かず、口も開かなかった。彼女は手を引っ込めなかった。
「未完了」の三字は印刷で、筆画が深く押しつけられていた。