第七部・高所では一人きりにならない
第38章この一本は、わたしが点検しました
这一根,我验过了
中国語の原文からの翻訳です。

彼女はまずフックを十七番の環に掛けた。ゲートが噛み、一度鳴った。それからやっと十六番の環から外した。一本を掛けてから、もう一本を外す。一本も掛かっていない状態を、彼女は自分に許さなかった。
十七番の柱頂の環は、ほかのより光っていた。彼女のフックがそこに噛み、光っている一か所がフックの下に隠れた。
彼女は二メートルを歩いた。橋面にはごく薄く水が張っていた。さっきの雨が残したもので、枡の隙間にたまり、灯りを一筋一筋映していた。グレーチングは七枡。彼女は何度も数えていて、いつも七だった。右足が七枡目に落ち、くぐもった音がした。音は枡の隙間から下へ漏れ、下のA字脚にぶつかって、また上がってきた。
橋の両側は空っぽだった。風が北から来て、また南へ返っていった。二つの風がグレーチングの上でぶつかり、彼女の服の裾を一度めくり上げた。風にはごく淡い鉄のにおいと、雨上がりの湿り気があった。グレーチングは風の中でかすかに震えていた。ごく細かく震え、彼女の靴底にもそれが分かった。
十七番の柱は十六番より少し太く、ペンキに塗り直した跡は一か所もなかった。柱身には細い擦り傷が何筋かあった。フックに一度また一度と擦られてできたもので、傷はどれも上向きだった。柱の根元のボルト四本、その白いペンキは無傷だった。
彼女は十七番の脇に立った。彼の背後に立ち、柱は彼女の左手側にあった。彼は彼女に背を向け、西を向いていた。肩は水平だった。彼女はあの箱を見なかった。
彼女は体重をそこに預けた。
押し下げたとき、箱が一度鳴った。
箱は柱の根元にあった。銀白で、蓋が上を向いていた。綱がその中から出て、彼の左肩を回り、体の前へ向かっていた。綱が一寸巻き戻された。震えはしなかった。箱の蓋は閉まっていて、中のつまみはたぶん端まで回してあるのだろう。彼女はまず爪先を押し込み、それから少しずつ立てていった。そのたびに、靴底がグレーチングの上でかすかに擦れる音が聞こえるほどゆっくりと。底まで押し、止め、それが動かなくなるのを待つ。それは動かなかった。
彼女はパリのエスカレーターを思い出した。その日、エスカレーターは止まっていて、彼女は一段ずつ歩いて上った。数えながら、四十段目まで数えた。靴底は鋼板の溝を踏み、どの溝も同じだった。いまの彼女の足指も同じだった。一段ずつ押していく。飛ばした段は一つもなかった。
吸って、三拍。押す。吐いて、五拍。
左の爪先がサテンの靴の中で突っ張った。水ぶくれのところが一度跳ねた。足指の一枚の絆創膏は、縁がまだめくれていた。彼女はそれを押さえにいかなかった。右足の靴紐は二重に結んであり、押すたびに足の甲に一度食い込んだ。ふくらはぎの内側、ズボンの裾の下で、あの細い光の紋様が一筋光った。青藍(せいらん)だった。光がグレーチングに落ちても、グレーチングは銀白のままだった。
風が二つの塔のあいだから来て、下のワイヤーロープを一度鳴らした。とても低く、そして止んだ。
十七番の上の男は振り向かなかった。グレーチングの上の灯りが、彼の背中に落ちていた。
彼女の拍子が半拍遅れた。少し待ってから、言葉を口に出した。
「この一本は、わたしが点検しました。」
声はグレーチングに落ち、長く引き延ばされた。二つの塔のあいだの闇を渡り、A字脚にぶつかって、跳ね返ってきた。彼女の耳もとに戻ってきたとき、口から出したときより半拍遅れていた。
柱の側面の小さな札が裏返った。それまで外を向いていたのは「未点検」で、いま外を向いているのは「点検済み」だった。札は薄いブリキで、縁は丸かった。裏返るとき、軸のペンキが少し剥げ、ごく軽い金属の音がした。
彼女の手は、それに触れていなかった。
箱の蓋に、紙が一枚挟んであった。
紙は薄く、枡が引かれていた。一行だけだった。アンカー番号、点検者、通行者、備考。どの字も枡の真ん中にきっちり収まり、きちんと揃っていた。いちばん上の行には「十七」とあり、点検者の欄には「程」、通行者の欄は空いていて、備考の欄には「未点検(自己点検は数に入らない)」とあった。
彼女はどの枡も一度ずつ見た。第三条に書かれているのが、まさにその一文だった。その一条を、彼女は点検室の鋼の机で読んでいた。字は同じペンで書かれ、ペン先が強く押しつけられていた。
この一行の字は点検簿の中のより一回り小さく、筆画はさらに締まっていた。書いた人はたぶん立って書いたのだろう。手を預ける机がなかったのだ。
いちばん下にもう一つ欄があり、「修正」と記されていた。欄の中には空の横線が二本あり、横線の右端にはそれぞれ小さく二文字、「資格保有」と書かれていた。
紙の右上の角に、とても小さな日付があった。二年目の十一月。日付の下には墨の点が一つあった。ペン先が止まったところだ。墨の点の縁はもう乾いて、灰色がかっていた。
この紙は点検簿を見ながら写したものだった。枡の幅も同じで、字の形も同じで、下の「修正」の欄まで写してあった。紙は点検簿のより薄かった。写した人は別の種類の紙を使っていて、紙の縁がぐるりと毛羽立っていた。彼女は四十一階の点検室であの一冊をめくっていたから、それがどんな見た目か知っていた。
蓋にはペンも一本結わえてあった。黒いペンで、白い紐で箱の縁に結ばれ、紐の端に結び目が一つ作ってあった。紐は細く、点検簿の背に巻いてあった一本と同じもので、もう毛羽立っていた。
彼女はしゃがみ込み、ペンをほどいた。
膝がグレーチングに当たり、くぐもった音がした。ペンは冷たかった。軸には細い筋が幾筋も入っていた。たくさんの手に握られてできたものだ。彼女は紙を平らに伸ばし、指で紙の角を押さえた。風が枡の隙間から吹き上がり、紙のもう一方の角をめくり上げた。彼女は左手でそれを押さえ、平らに押さえた。
修正の欄の一本目の横線に、彼女は自分の名前を書いた。筆画は小さく、一画一画、横線の上に収まり、きちんと揃っていた。最初の一画の墨が少し滲み、小さな点になった。彼女は拭わなかった。墨は黒く、乾くのが速かった。彼女はペン先を紙から上げた。紙はペン先にくっついてこなかった。
横線の右端には「資格保有」とあった。彼女は資格を持っていなかった。それは分かっていた。第六条には、二人が署名し、二人とも資格を保有していなければならない、とある。彼女はその一文を頭から終わりまで読み、「資格保有」のところで止まった。それでも彼女は書いた。
書き終えると、彼女はその紙を手に取って立ち上がり、ペンごと彼の肩の後ろへ差し出した。ペン先は彼の手のほうを向いていた。
彼の手が肩の後ろから伸びてきた。振り向きはしなかった。指がペンに触れ、紙ごと受け取った。彼女の指は彼の指に触れなかった。
彼はすぐには書かなかった。紙は彼の胸の前に支えられていた。彼女は彼の肩の脇から覗いた。ペン先が修正の欄の余白に落ちた。その余白は二本の横線の上にあり、字はなかった。ペン先はそこで止まった。一度止まった。グレーチングの上の灯りが彼の肩に落ちていた。肩は水平だった。
それから彼は書いた。
字は小さく、一画一画、枡の真ん中に収まっていた。最初の一字を書くとき、ペン先が紙の上で一度止まり、墨がペン先の下で一つの点にたまった。彼はペンを上げた。拭わずに、また下ろした。その点の隣に下ろした。一字書き終えてから、ペン先は少しだけ先へ進み、次の一字を書いた。彼が書いたのは、こうだった。「第四条に一文を加える:二人目が点検したものは、完了とみなす。」
書き終えると、彼は二本目の横線に署名した。二文字、程安(チョン・アン)。きちんと揃っていた。その筆画は、どの行の点検者の欄にもある「程」と同じ書き方だった。
ペン先が紙を擦る音はとても軽く、橋の上の風よりも軽かった。風が一拍止んだ。その一拍のあいだ、紙の上のペンの音だけがあった。
彼はペンを置かなかった。白い紐が箱の縁に垂れ、一度揺れて、止まった。
彼のペンが通行者の欄へ移った。その欄は空いていた。
彼女は点検室であの一冊をめくっていた。二十数ページ、通行者の欄に彼の名前があったことは一度もなかった。
彼は書いた。程安。
二文字。修正の欄に署名したあの二文字と同じだった。書き終えると、ペン先は紙面を離れ、宙で止まった。一拍止まった。紙が風にかすかに震え、また平らに戻った。
備考の欄の「未点検(自己点検は数に入らない)」の数文字は、まだそこにあった。
彼はペンで一本、線を引いた。
一本の横線。枡の左端から右端まで、その数文字の真ん中を通って引かれた。線はまっすぐで、端まで引いて、正確に止まった。その一行を、点検簿の中では、彼は一度も線で消したことがなかった。今度は、消した。
彼は紙とペンを肩の後ろへ返してきた。彼女は受け取った。
彼の左手が上がった。
人差し指の第二関節の硬い皮が、胸の前のフックのゲートに当てられた。そのフックはステンレスで、D形で、掌より少し小さく、側面には刻印があった。数字の列だった。人差し指はゲートの上で一度止まり、それから内へ押し込んだ。
ゲートが弾けて開いた。一度、とても軽く。綱のその端がそれにつれて一度動き、緩んだ。
そのフックを、彼は自分のために外したことが一度もなかった。ゲートの縁は指で磨かれて光ってはいなかった。それがいま開いた。隙間一筋ぶんだけ開いた。
綱がフックから滑り落ち、彼の肩に垂れた。緩んだまま、風に吹かれて、ゆっくり一寸ずり落ちた。箱は鳴らなかった。箱の蓋は閉まっていて、誰も触れにいかなかった。
彼は息を一つ吸った。
息を吸い込んだ。いっぱいまで吸い込み、胸がふくらみ、肩が上がって、また下りた。息の音はとても軽く、彼女にはほとんど聞こえなかった。彼の肩が動くのを、彼女は初めて見た。
それから彼は振り向いた。
ゆっくりと振り向いた。踵はまだグレーチングのあの一本の横桟を踏んでいて、動かさなかった。左手は胸の前にあり、緩んだ綱が一度揺れた。肩と頭が一緒に回り、彼女のほうへ向いた。グレーチングが一度鳴った。とても短く。彼の顔は彼女から腕一本ぶんの距離しかなかった。彼女は彼の顔をはっきり見た。
彼女は後ろへ下がらなかった。
彼女は片手で紙とペンをつまみ、もう一方の手を胸の前のハーネスに置いていた。ハーネスは胸骨を押さえていた。彼女は手を離した。ハーネスが肩のほうへ少しずり上がった。彼女はそれを引き戻さなかった。
彼が口を開いた。
「……歩ききった。」
この言葉には反響があった。
声は彼の口から出て、グレーチングに落ち、止まらなかった。二つの塔のあいだの闇を渡り、A字脚にぶつかって、跳ね返ってきた。橋の上へ戻り、彼の立つあの一枡へ戻り、彼自身の耳もとへ戻った。橋の上の横桟が一本残らずかすかに鳴った。下で誰かが指の節で一通り叩いていったかのように。風が枡の隙間から吹き上がり、彼女の顔に当たり、彼の声にも当たった。その声は下から戻ってきた。口から出したときより遅れて。彼はそれを聞いた。橋の下の風が止んだ。
彼の目尻には皺が一筋あった。とても浅く、目尻から少し斜めに下がっていた。一筋だけだった。十一年のあいだ、目を細めて高いところを見てきて残ったものだ。
彼の肩がまた水平に戻った。
最後の一字が、落ちていった。
彼はあの箱を見ず、彼女も見なかった。彼はあの一本の横桟から足を上げ、西へ一歩踏み出した。
グレーチングが一度鳴った。とても短く、尾を引かなかった。彼はもう一歩踏み出した。足取りはしっかりしていて、一歩ごとの幅は同じだった。枡を数えてはいないのに、足はちょうど横桟の一本一本に落ちた。足が落ちると、音が枡の隙間から下へ漏れ、下の脚にぶつかって、また上がってきた。彼の足音より半拍遅れて。彼の足音は柱一本ごとに西へ遠ざかっていき、音はそのあとを追った。一本過ぎ、また一本過ぎた。
彼の左手は体の脇に垂れ、一度また一度と振れていた。
彼女は彼について行かなかった。十七番に残った。足もとのあの一枡はまだ明るかった。灯りが上から落ちてきて、彼女の靴の甲に落ちた。サテンは光を返さなかった。
橋の柱は全部で三十本。彼女は数えたことがあった。十七番から西へ、まだ十三本あった。
十八番の柱頂の環はほかの環と同じで、磨かれて光ってはいなかった。彼は十八番を通り過ぎたが、それを叩かなかった。
十九番、二十番。彼は一本ずつ歩いていった。柱の側面の小さな札は、外を向いた面がどれも「点検済み」だった。
風がまた二つの塔のあいだから来た。グレーチングを一度かすかに鳴らし、止んだ。
二つの塔のあいだの闇の中で、あのとても大きな、動かないものが、動いた。
それは隙間から斜めに後退してきた。音はなかった。エンジンの音はなく、ただ風が船体を過ぎるときに、ごく細い笛のような音を立てた。橋の上の風よりずっと細い音だった。隙間の闇は、一方で押しのけられ、一方で閉じていった。
まず尾部。平行に並んだ二枚の鰭(ひれ)が後ろへ斜めに伸び、闇に一筋の裂け目を入れた。次に背骨。透かし彫りのようで、梁の隙間から少し光が漏れていた。次に船体。白灰色で、一節ずつ闇から現れた。船殻にはペンキを塗り直した箇所が一つあり、色がほかより少し新しかった。船首は楔形で、最先端は鑿(のみ)の刃先のように細く収まり、北東を向いていた。艦橋は低く、三面がガラスで、ガラスは暗く、中に人影はなかった。ガラスにはスカイブリッジのあの一つの灯りが映り、とても小さな白い点になっていた。
船体が少し傾いた。彼女が枡の隙間から下を覗くと、そこで初めて、艦橋の下、船腹に吹きつけられた番号の列が見えた。LM-1-07。字は灰色で、船殻より一段濃かった。
船体に名前はなかった。
百二十八メートル。スカイブリッジの倍よりまだ長かった。それは二つの塔のあいだから後退してきた。一寸残らずすっかり現れて、現れきってから、隙間の外の闇の中で止まり、浮かんでいた。
船腹の下の灯りが一列に並び、上を照らしていた。グレーチングの隙間から白い光が少し漏れ上がってきた。彼女の髪が風に吹かれて顔にかかった。彼女はそれを払わなかった。その白い光を見ていた。横桟を一本また一本と過ぎていくのを。尾部の白い灯りが一度瞬き、グレーチングの上の白い光もそれにつれて一度瞬いて、また暗くなった。
船体の片側に、オレンジ色の細い線が一本、船首から船尾まで引かれていた。細く、もう一本の線でしかなかった。舷側には赤い粒が一つ灯り、尾部には白い粒が一つ、数秒おきに瞬いていた。喉口に暖色の光が少しあって、それを支えていた。
背骨の上には丸い発射ポッドが二つ跨っていて、蓋で封じられていた。船体はまだ傾いていて、腹の下にはゴンドラが一つ吊られていた。ゴンドラの灯りは白く、瞬いてはいなかった。
彼女はその窓を数えた。片側に九つ、どれも灯っていた。膝が少しこわばっていた。彼女は重心を左足に移した。水ぶくれが一度跳ね、また右足に戻した。
南東の方角の海の上空に、三つの灯りがまだ元の場所にあった。一つは赤、一つは緑、一つは白で、大きく間隔をあけていた。彼女は一目見て、もう見なかった。
北北西の空には、円がまだ掛かっていた。
明るい面はやはり六割だった。淡い紫の縁はとても薄く、明るい面の側しかはっきり見えないほど薄かった。白い雲が一塊、また一塊とその前を過ぎていく。動かずに。雲の上の縁は明るい面に照らされて白くなっていた。黒い口はその左上にあった。円より少し高く、西寄りだった。口の縁には細い白い輪があり、輪の外の星はねじられていて、一つ残らず曲がっていた。
首を反らしつづけて、首筋がだるくなった。彼女は一度うつむいた。グレーチングの隙間から下の闇が漏れ見え、闇の中に点々と光があった。街の灯りだった。とても遠かった。彼女はまた顔を上げた。
雲が押し寄せてきて、円を半分押し隠した。さらに半分押し隠した。淡い紫の縁が雲の向こうで一度明るみ、暗くなった。
雲が散った。
円はなくなっていた。淡い紫の縁もなく、黒い口もなく、細い白い輪もなかった。その一角の空はふつうの夜で、星がいくつかあり、どれもまっすぐだった。
北北西の空に、ぽっかりと一角、空きができた。
二つの塔の灯りが、一つまた一つと消えていった。
まず二つの頂部の球。それからいちばん上の一周の窓が消え、さらに下の一周。一層ずつ、どの層も同じ一秒で消えた。八角の稜線の上で、白い灯りの線が一本ずつ暗くなっていった。とても整然と暗くなった。灯りが消えたあとも、塔頂の輪郭は残っていた。二つの球と、そのあいだから細く伸び上がる尖頂。どれも暗かった。灯りが消えるとき、音はなかった。周りのビル群には、まだ灯っている窓がいくつかあった。塔身にもまだ窓が何枡か灯っていた。白く、線になって並んではおらず、ビル群に紛れていた。稜線だけが、どれがどの塔かを見分けさせていた。
A字脚の下では、街の灯りがまだ点いていた。一面また一面と、遠くまで敷き広がっていた。交差点の信号が変わっていた。赤になり、緑になり、また赤になった。止まる車はなかった。
西端のガラス戸は黒く、橋の上の灯りを映していた。戸が開き、灰色の人影が一つ中へ入り、戸がまた閉まった。ガラスはふたたび黒い空を映した。
灯りはスカイブリッジの層まで暗くなってきて、一度止まった。スカイブリッジの中ほどのあの一つはまだ点いていた。それが最後に消えた。それが消えたとき、彼女の足もとのあの一枡も一緒に暗くなった。
基部のエントランスホールにはまだ白い灯りがいくつか点いていて、ガラス戸を照らしていた。通りの街灯も点いていた。
橋の上には彼女と、十七番の柱の根元の、あの銀白の箱だけが残った。
翌日、五時二十分。アイニは灯りを点けず、暗がりの中でポケットの絆創膏のシートを手探りで一通り確かめた。一シート十枚、どの枡も平らだった。二度数えた。九枚。彼女はシートを上着の左ポケットに戻し、ファスナーを閉め、掌で押さえた。
六時十二分、ツインコートの裏通りの従業員通路で、勤怠端末が一度鳴った。彼女が指を押し当てると、画面に時刻が出た。廊下の消毒液のにおいは昨日より薄かった。壁の消防図は同じ一枚のままだった。ホールの向こうの警備員は別の人に替わっていて、袖口をまくっていなかった。彼は一度顔を上げて彼女を見て、またうつむいた。彼女は従業員通路の蛇口で手を洗い、きれいな布で手を拭いた。指を一本残らず拭いた。
清掃カートは倉庫の壁際に停めてあった。三つのバケツが壁際に並び、縁に雑巾が掛けてあった。昨日と同じだった。カートの持ち手にはあの魔法瓶が掛かっていた。昨夜掛けたもので、一晩掛かっていた。瓶の胴の擦れて光った一か所が、ちょうど彼女の手のほうを向いていた。
彼女は清掃カートの小さな引き出しを開けた。中にはテープが一巻き、絆創膏が数枚、使いかけのマーカーが一本あった。彼女は一目見て、閉めた。隅のモップはヘッドを下にして掛けてあり、水がぽたりぽたりと排水口の縁に落ちていた。
ラザクは昼間に寝る。この時間、彼は家にいる。魔法瓶は彼のものだった。
瓶の蓋は、ほかの人より一回りきつく締めてあった。彼女は半回し緩め、それから回して外し、蓋に半分足らず注いだ。お茶はぬるく、少し湯気が立ち、少し甘かった。彼女は一口飲んだ。蓋を元どおりに締め、半回し緩めて、瓶を持ち手に掛け戻した。擦れて光ったあの一か所に掛けた。
彼女はカートを押して出た。車輪が入口の敷居を越え、一度鳴った。まず中庭へ行った。
中庭の灯りは半分しか点いていなかった。大型スクリーンは消えていた。前の勤務のときには、まだ海辺の道を映していた。道に人はいなかった。天井の空調は鳴っておらず、風は止んでいた。シャッターはまだ下りていて、床の光は灰色で、筋になっていた。噴水は止まっていて、水盤は平らだった。上の蛍光灯を映せるほど平らだった。水盤の縁を囲むタイルは昨日の午後に拭いたもので、目地にはまだ少し湿り気が残っていた。
彼女はしゃがみ込み、指の腹をタイルの面に押し当てた。目地の水に触れるまで押した。それから掌全体を当て、数秒そのままにした。
タイルは冷たかった。ほかのタイルと同じ冷たさだった。
入口の立て看板はまだあり、二本の脚で立っていた。一本の脚がタイルの目地を踏んでいて、傾いていた。彼女はそれを押さえ、揺れなくなるまで押さえた。
六時半、フードコート。
シャッターが一枚ずつ上がっていった。全部で十一枚。彼女は数えたことがあった。空はまだ灰色で、東のあの一角はとてもゆっくり明るくなっていった。朝食を売る女のカートはまだ来ていなかった。その区画の床には、昨夜の乾ききらない水の跡が一周残っていた。三十一脚のプラスチックの椅子が一軒目の店の前に重ねてあった。白く、いくつもの山になっていた。彼女は一脚ずつ引き出し、拭いて、元の場所に並べた。どの椅子の脚も手で一通り触らなければならない。脚に何かついているのに触れたら布で拭き取り、取れないものは爪でこそげる。椅子の脚に巻いてあるテープは、どれも彼女が自分で巻いたものだった。
十七脚目の椅子の脚のテープは、彼女が毎朝はがして巻き直しているものだった。はがすとき、裏に前の日の埃がついていて、水で流さなければならない。三周目まで巻くと、斜めになった。片側が長く、片側が短く。
彼女は二度数えた。三十一脚。
十七脚目のテープは、また歪んでいた。